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「赤いきつね」CMへの批判は「性的だから」だけが原因で起きてるんじゃないよねという話
SNSで批判されている「赤いきつね」の新CM、相変わらず「性的表現だ!」「いや、性的だと捉える方がおかしい!」という応酬が始まり、議論は「性的か否か」の一点に集約されそうな気配が漂っています。
しかし、今回の騒動は本当にそれだけが理由で起きているのでしょうか。批判の声を注意深く拾い上げてみると、「性的だから不快」という意見は確かに存在しますが、それはあくまで一部。多くの女性たちが抱いている違和感は、もっと別のところにあるように感じます。
性的かどうかはひとまず置いておくとして、私自身、このCMを見た時には「随分とフィクショナル(架空)な女性像だな」という印象を強く受けました。
まず、現実の女性は自室でこんなうどんの食い方しない。
髪が邪魔ならヘアピンで止めるかヘアバンドでおでこ全開にするし、汁が跳ねてもいい服装に着替える。思わずうどん食べるの初めてなんか?と突っ込みそうになりました。
あと、熱いものをこんな小さい口で唇を尖らしてちゅるちゅる吸ったら確実に唇を火傷する。カップうどんなんて小さい口で食べにくい食べ物の代表格です。お揚げなんてもってのほか。私は生まれてこの方お揚げを「ハムハム」食べる女性に遭遇したことがない。歯茎全開で噛みちぎるでしょ、こんなもん。
女性たちから見たら全くもってリアルではない非実在女性が描かれていて、かつそれが「一人で『赤いきつね』食べる時のリアルを追求しました!」とでも言いたげな演出と共に提示されている。特に、対となる男性版のCMが、ある意味で「リアル」を追求しているように見えたため、その落差が際立ち、多くの女性たちが「こんな女いねぇよ」とツッコんでいるわけです。
女性キャラクターがメシ食ってる時と
— 蝶々 (@witch_medeia) February 15, 2025
男性キャラクターがメシ食ってる時の
描写と画角のあまりの違いに、女性キャラクターに対してではなく、それを作った人の意図や長年染みついた癖が見えてしまって「キモっ!」って感じた事ない? https://t.co/Qdd3jDl5bz
あんな麺の食べ方する女いないゆ
— パキちゃん (@pkpk_pa) February 17, 2025
男性版はシチュエーションや人物像(書類の上やパソコンの近くにこぼしたらアウトな汁物を置いちゃうところも含め)かなり写実的な描写がされています。それに対し、女性版は「男性が空想するカワイイ食べ方をする架空の女」のような描かれ方をしている。また、シズル感も男性版はうどんにフォーカスして付与されていますが、女性版のCMはなぜか女性キャラクタに対してシズル感が多く付与されており、商品であるうどんよりもむしろ、女性の仕草やビジュアルにフォーカスされている。
男性版がリアリティを追求して描かれている一方で、女性版のキャラクタだけが「まなざされる対象」として過度に誇張された(フィクショナルな)表現をされているからこそ、CM内での性的非対称性が際立っている。
そのことに多くの人が疑問を持ったのではないでしょうか。
もう一つ、あまり指摘されていませんが炎上を助長した要因が他にあります。
このCM、全体を通じて女性のキャラクターというか、パーソナリティが全く見えてこないのです。
舞台は一見すると女性の自室らしき空間ですが、しかしそこには彼女の人格を物語るようなものが一切描かれていません。
室内のインテリアはボヤっとしていてテイストも統一されておらず、彼女の趣味嗜好が垣間見えるようなものは一切ありません。窓から見える景色は都会の高級マンションっぽいのですが、室内の立て付けは安っぽいし、置かれている家具やクッションはおばあちゃんちのみたいだしで超適当に描かれています。女性の服装はユニクロかしまむらっぽく無個性です。食卓としては高さの合っていないコーヒーテーブル(かなり不自然)、後ろのソファと女性の間には変な座椅子の背もたれ?みたいなのが唐突に床に突き刺さっており、全体として「あ、このCMの作り手は女性のパーソナリティについては無関心だったんだな/もしくは無個性化したいんだな」というのが容易に見て取れます。
自室という、キャラクターのパーソナリティを描くのに最適な場所を舞台としながら、この女性の人格(年齢、職業、趣味嗜好など)を映し出すものが一切書き込まれていない。そのため感情移入も共感もできない。
男性Verの方は男性メインキャラの職業やパーソナリティ、また労働環境が垣間見えるようなリアルな書き込みがなされているからこそ、余計に女性Verのキャラクタの非人格性が浮き彫りになっている。
この内容で伝わってくるのは彼女が恋愛映画のクライマックスで泣きながらうどん啜ってるってことだけ(これも変なんですが。一番盛り上がるクライマックスの直前で一回止めてうどん作りに行ったってこと?)女性のパーソナリティが全然伝わってこない仕上がりの上、やたら現実から乖離したビジュアリスティックな誇張表現が多用されているからこそ、男性版との性的非対称性が際立って、多くの女性から「キモっ」と思われたんです。
そうです。「性的に非対称な広告表現」は、もはや多くの女性にとってはキモいんですよ。
それはもちろん、実社会で多くの女性が男女の性的非対称性で嫌な目に遭っているからに他ならず、わざわざ商品を売りつけるCMでそんなもの味わいたくないんです。「それは女さんのお気持ちだろw」と布団の中で鼻ほじりながらスマホ片手に笑っていられる人はいいんですけど、企業としてはもはや、その嫌悪感は無視できない。
イギリスではジェンダーステレオタイプな広告や女性の魅力に過度に焦点を当てた広告に対しては広告審査機関から審査が入り、撤去や取り下げの勧告が行われます。ジェンダーバイアスを助長するような広告表現はもはや社会的に有害だと周知されています。こういうと「出羽守ガー」が湧いてきそうですが、決して海外だけでなく、日本においてもこれまで言葉にされてこなかっただけで、「キモいな」「やめてほしい」と思う人(女性だけでなく男性も)が少なからずいることを広告の作り手はよく意識するべきではないでしょうか。
また、「この広告を批判している人たちは、そもそも広告のターゲット外なんだよ」と言う反論も見受けられますが、広告は公に向けたものなので、ターゲットのみに好かれれば良いと言うわけではないんですね。むしろターゲットのみが見るわけではないからこそ細心の注意を払う必要があるんですよ。
「お前はターゲットじゃないから文句言うなww」の人たち、もしあなたの家の目の前に「テリファー」みたいなグロスプラッタ映画の広告看板がモザイクなしに置かれてたら絶対文句言うでしょ。で、「これはスプラッタ映画好きに向けたもので、お前らはターゲットじゃないから文句言うな」って言われたら絶対ツッコむでしょ。もしくは女性向け商品のCMで男性が惨殺されるシーンとかあったら「男性差別だ!」って真っ先に怒るでしょ。
それと同じです(また、今回のCMのターゲットではないかも知れませんが、「赤いきつね」は女性も食べるものなので「完全にターゲットじゃない」と言うのも無理があると思います)。
また、女性が作ったからいいというわけではありません。女性が作ったものでも性的非対称性が強いものはたくさんあります。作り手の性別によって表現のアウト・セーフが決まるわけではありません。
以上のように、今回の炎上は性的かどうかのみならず、性的非対称性に違和感を覚えている人々が多くいたからこそ起きたのであって「性的?どこが?これが性的だと思う方がおかしい!」と言う反論自体、完全にこの広告の持つ問題点から焦点が外れているし、社会のフェーズから取り残されているのです。
(「俺がおかしいと思わないんだからおかしくない!」という人たちは、ご自身の自他のバウンダリー(境界線)が引けているかどうか一度内省されたほうがいいです)
意図して差別しているわけでなくても、差別を助長するものは存在するし、その有害性に対し広告の作り手が敏感になることが必要なのではないでしょうか。
じゃあ「男性版もビジュアル的魅力を誇張して頬を赤らめたり『はむぅ』とか言わせたりすれば良いのか」というとそういうわけではない。実際、このCMの男女の非対称性を証明するために男性版の方のキャラクターの目をウルウルさせ頬を染めた加工画像が出回っていますが、これは見事に私の「癖」にブッ刺さりました。この男性が受けのBL漫画があったらぜひ課金したい。誰か作ってください。しかし、だからと言って広告でやってほしいわけじゃない。女性版はリアリスティックなのに男性版だけ顔赤らめて「はふぅ」とかやってるCMがあったらそれはそれで気持ち悪くて私は違和感を覚えると思う。性的記号や嗜好を刺激する表現はゾーニングされた中でやるべきです。
そう言うわけで、東洋水産にはぜひ「趣味全開の部屋でおでこを丸出しにしたすっぴん・毛玉だらけの部屋着の女が歯茎を剥き出しにしながらお揚げを食いちぎるアニメCM」を作っていただきたい。それが今回の批判を生かす最良の道でしょう。
あ、私はターゲットじゃないんでしたっけ。じゃあ「どん兵衛」でも食べよっかな。
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