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なんだかよくわからないけど確かにあったなにか
朝起きてスマホを見たら、画面にヒビが入っていた。
正確には画面に貼っている保護シートが割れていたのだけど、就寝前には無かった、原因にも心当たりの無いヒビが入った画面を見て、ああ、今日はそういう日なんだな、と思った。
私には友達がいない。小学校から短大までの間に出来た『お友達』との友情は全てが一過性のもので、もはや連絡を取ることもないし、そもそも連絡先を知らない。
ただし例外の存在はいる。小学校の途中から短大まで同じ学校に通い、短大時代はルームシェアをしていた同級生であるAちゃん、私にとって彼女が唯一の学生時代の友人だ。
スマホの画面にヒビが入っていたのは、Aちゃんの結婚披露宴当日の朝だった。画面のヒビはそのままにして、私はパーティードレスやら靴やらを詰め込んだ大きなスーツケースを引っ張り地元に向かう新幹線に乗り込んだ。本当は車中で寝たかったのだけど、緊張で目が冴えてしまって眠れなかった。
一度実家に寄ってバタバタと準備をし、父の運転する車で会場に向かう。
道中、
「ほかに仲の良かった同級生は来るのか」
とか
「気の置けない友達が来ているといいな」
とかいう父の言葉に曖昧に笑いながら、全身にじっとり嫌な汗が滲んでくるのを感じた。
私が卒業した小中学校は田舎の小さな村にあって、同級生は幼稚園からずっと一緒にいる子がほとんどだった。
そんな小さなコミュニティーに転校生として入った私はいじめを受けた。
といってもそんなにハードないじめではなくて、『いじめごっこ』とでも言えばいいのか、一定の期間でターゲットが変わっていく持ち回り制いじめ遊びとでも言うべきか、説明が難しいけど、煮詰まった人間関係の中に飛び込んできた新たな具材として、とにかく私はそのターゲットになった。
いじめの内容は、無視、ばい菌扱い、たまに物を隠される、みたいなかんじだった。一定期間が過ぎるとターゲットが変わり、今までいじめてきた子達が揃って「ごめんね、これからは一緒に遊ぼうね」つまりは「一緒に次のターゲットをいじめようね」と言ってくる、これをずーっと繰り返してる、みたいな文化の根付いた学校だった。
いじめの首謀者グループはいわゆるカースト上位の女子達なのだけど、たまにその中からもターゲットが生まれる下剋上というかどんでん返しみたいな現象も起きていて、中学を卒業する頃には各グループの顔ぶれと力関係も当初よりだいぶ変化していた記憶がある。
転校した当時の9歳の私は「笑顔で話しかければみんな友達!」みたいなお花畑思考だったので、自分がいじめを受けているという現実に本当に傷ついたし、そこで性格とか考え方もかなり変化したと思う。
転校してから中学校を卒業するまでの6年間で私がいじめのターゲットだった時期は2年くらいだし、その学校の文化に慣れてからはなんとか対処できるようにもなっていった。最終的には「無害な女子」的な立ち位置のグループに入れて平和に学校生活を送れていたから、陰惨ないじめを受け続けて人生をめちゃくちゃにされた、とか、そういうことではない。
それでもやっぱり、最初に転校生いじめを受けた時の辛い記憶は忘れ難くて、できることなら二度と思い出したくない。
では何故その二度と思い出したくないことをわざわざ書いているのかと言うと、首謀者グループがAちゃんの結婚披露宴の招待客だからだ。
私はAちゃん以外の同級生とは会うどころか連絡も一度も取っていないけれど、Aちゃんは地元にいたこともあって、彼女らととても仲が良い。
(ちなみにAちゃんがいじめ首謀者だったことはない。当然だけど。)
そもそもAちゃんは友達が多い。社交的で明るくて面白くて、ちょっと言動とか好みが変わっててそれもチャーミングで、人が寄ってくるタイプの人なのだ。小中だけでなく高校、短大の友人も多いし、社会人サークルの仲間とか、職場の同僚や行きつけのカフェの店員まで、友人が山ほどいる。
そのたくさんいる友人の中でも同級生の数人とはとくに仲が良くて、Aちゃんの普段の話から誰が招待されているのかは容易に想像がついた。
大丈夫だと思っていた。
中学校を卒業してから20年近く経っているのだ、みんな大人になっている。結婚してもう小学生の子供がいる同級生も数人いると聞いていたし、妻になり母になった彼女らにとって小学生時代のいざこざなんて記憶の彼方だろう。
なによりAちゃんのお祝いだ。結婚式と披露宴自体は心から楽しみだったし、招待してくれたことが本当に嬉しかった。
心から精一杯の祝福をしよう、それ以外のことは全部おいておこう、そう心に決めて、会場であるホテルのロビーに入った。
それなのに、受付に立っている同級生と、ロビーで談笑している同級生が視界に入った途端、手足が震え出した。
あ、これ、無理かも
と思った。思ったけどもう戻れない。受付手前のクロークに上着を預ける間に必死で深呼吸する。
ただでさえ慣れないヒールで不安定なのに、震えのせいで膝ががくがくする。ロビーの同級生が私に気付いて何か言っている。笑顔、笑顔、と自分に言い聞かせて、受付に向かう。
受付には、私が転校生いじめを受けた時の首謀者その人が立っていた。ご祝儀を差し出す手が震えていて、泣きたくなる。
受付が私に向かって「久しぶりだね~」と言っている。「ね、ほんと、久しぶり~」と返した気がする。笑顔、笑顔。
それからロビーの同級生たちのほうを振り返ると、笑顔で手を振っている。小さく手を振り返しながら、久しぶり~元気? とか言いながら、その輪に入る。ソファに座ったら、ようやく震えがおさまった。
そこからは、ちゃんと大丈夫だった、と思う。同級生たちは当然だけどみんな大人になっていて、友人グループのメンバーではない私に気を遣って会話してくれているのが分かった。
結婚式と披露宴はどちらもとても素敵だった。Aちゃんはとても綺麗だったし、幸せそうだった。彼女には幸せでいてほしいと改めて思った。
ただ。
感動的な場面で思わず涙が出た時、同じく涙しているいじめ首謀者が視界に入った瞬間にすっと胸が冷たくなってしまって、なんだかよくわからないけど、取り返しのつかないなにかを失ったような気がした。
結婚して子供が出来たら、価値観も考え方も友人関係も変わっていくんだろう。当たり前に人生ってそういうものだよね。
私がいるのはAちゃん達とは違う世界だけど、AちゃんはAちゃんの世界で幸せでいてほしいと思う。
帰宅したら、奨学金返還完了の葉書が届いていた。
学生時代の全てに区切りがついたような気持ちになって、妙にすっきりした。
スマホの保護シートは明日変えよう。
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