おのぎのあ
自作の自由律俳句を表題にした創作短編。 フィクションとノンフィクションの狭間。
自作の戯曲です。
朝起きてスマホを見たら、画面にヒビが入っていた。 正確には画面に貼っている保護シートが割れていたのだけど、就寝前には無かった、原因にも心当たりの無いヒビが入った画面を見て、ああ、今日はそういう日なんだな、と思った。 私には友達がいない。小学校から短大までの間に出来た『お友達』との友情は全てが一過性のもので、もはや連絡を取ることもないし、そもそも連絡先を知らない。 ただし例外の存在はいる。小学校の途中から短大まで同じ学校に通い、短大時代はルームシェアをしていた同級生であるAち
華恵は今日、三年間勤めた会社を退職した。 最後の勤務を終え、貰った花束を抱えて地下鉄の階段を下りる。 様々な種類の花をふんだんに使ったカラフルで可愛くて大きな花束は、抱えていると足元が見えづらく非常に歩きにくい。かと言って片手で持つには重いし幅を取って周囲の人にぶつかってしまいそうなので、抱える他に運びようがない。階段を下るときに最も適さない持ち物は、華恵が今抱えている花束だと思う。 タイミングよくホームに滑り込んできた電車に乗り込み、ドア脇のスペースに立って壁にも
数週間前から感じていた「海が見たい」を解消するため、電車に乗り込んだ。 12月1日、夜勤明け。突然冬の気候になった東京は、冷えた曇天から霧雨が降り注いでいる。不思議なことに眠気は感じない。海が見たい、海が見たい、とぶつぶつ繰り返しながら、幼少期に毎年遊びに行っていた海岸までの交通経路を検索する。 なんとなく鈍行を選ぶ。新宿から小田原へ、乗り換えて熱海へ。車窓に海が広がった瞬間、海だ、と思う。もうここで降りようかと迷いながら、でもやっぱり、と思い直す。 向かいの席に座
死んだ生き物ばかり見つけてしまうのは、私が常に俯いて歩いているからなんだよね。 この前はいっぱいのミミズが干からびて死んでいる道を歩いたし、その前には口から血を流して死んでいるネズミを見たし、今日は鳩の脚が落ちてるのを見つけた。 夜勤明けはいつも、世界に灰色の薄い膜がかかっているみたいなかんじでなにもかもが遠くて、やっぱり今日も世界はそうなっていて、見えるもの聞こえるもの全部が遠くて、でも鳩の脚の赤を見た瞬間に膜はなくなって世界が戻ってきた。 脚、が、落ちてるなあって
「枯れ井戸の底」 大江戸線の車内で見つけた対象が、新宿で降りた。すばやく全身に目を走らせて、服装を脳裏に焼き付ける。これといって特徴のない短髪、濃いブルーのシャツにアウトドアブランドの黒いリュック、黒のスキニーパンツと白いスニーカー。顔は見えない。しかし彼が眼鏡をかけていることを、私は知っている。 案内板を見ているふりをしながら、目の端で対象の動きを追う。ゆったりした歩調で歩く彼がエスカレーターに乗ったのを確認して、私は尾行を開始した。 通勤ラッシュの時間帯を過ぎた、
目が覚めたら謎に筋肉痛で、腕と足が痛かった。ついでに頭も痛い。これは二日酔いだ。 起き上がってベッドに座って筋肉痛の原因を考えて、すぐに思い出す。そうだ、昨日はバッティングセンターに行ったのだ。 昨夜は、マッチングアプリで知り合った男の子と飲みに行く予定だった。でも待ち合わせの駅に行ったらいなくて、 「ごめん、ちょっと遅れそうだから、ここまで来てくれる?」 って、地図が送られてきた。 建物の名前をググったら普通にマンションで、普通に引いちゃって、 「やっぱ帰るね」っ
近頃、動悸がする。 数ヶ月前から時々、安静時に心臓がバクバクするようになって、まぁストレスだろうと思っていた。 私はもともと血圧が低く、脈拍も遅い。平常時は60に届かないくらいなのだ。 それが昨日、職場で125という数値を叩き出した。微熱もあり、このご時世なので早退させてもらった。突然夜勤を代わってもらうことになり、申し訳なさで身の縮む思いをした(縮まないしむしろ縮みたい)。 帰宅してから今日の午後まで20時間ほど眠った。熱は引いたが、動悸は消えない。 自分のことを話すのが
4月11日 月曜日 24時間勤務を終えて、10時過ぎに職場を出た。 快晴の晴天、昨日から続く夏日を歩く。 夏は嫌いだ。憎しみすら感じる。夏の直射日光を浴びると具合が悪くなる。原因不明だが、直接光を浴びた部分が浮腫む。手とかすぐパンパンになる。最悪だ。 しかし洗濯日和ではある。干せば乾くというのは有難い。帰宅後すぐに溜まっていた数日分の洗濯物と、着ていた服を洗濯機に突っ込む。ワイドハイターが切れていることを思い出す。また買い忘れた。仕方なく洗剤だけで回す。 シャ
障害者福祉施設で利用者を殴って死なせた男が逮捕された、というニュースを、障害者福祉施設の利用者の部屋のテレビで見る。 この手のニュースは、福祉の仕事に関わる前から苦手だった。 酷い。あまりに理不尽だ。何故そんな奴が福祉施設で働いているのか。理解できない。被害者の痛みや苦しみと、周囲の人間の心痛を思うと涙が出る。そして理解不能な加害者に対して恐怖を感じる。 福祉施設で働くようになってからも、恐怖を感じることに変わりはない。画面を眺めながら、被害者が気の毒で視界が滲んで
えり子さんが椅子から立ち上がるのが見えた。反射的に走り寄り、彼女の左脇に腕を差し込んで身体を支える。 密着して彼女の体重を受け止めながら、ゆっくり歩く。相手が小柄な女性といえど、大人一人の体重を完全に支えることは難しい。えり子さんのお部屋までの道のりを、グラグラしながら進む。 えり子さんは、両手で私の手を握りしめて爪をたてながら歩いている。私は常々、一度でいいから彼女の握力を測ってみたいと思っているのだけれど、その機会は訪れそうにない。 握り癖、つねり癖のあるえり
爪切りを失くした。 部屋の中で物を失くす、ということが、理解できない。 どこかで落として紛失した、ということなら分かる。 しかし部屋の中で物を失くすというのは一体どういうことなのか。 探せばあるはずなのである。絶対に。固形物が消えてなくなるわけがないのだから。 しかし爪切りは見つからない。 探しても探しても見つからない。 仕方がないので新しいものを購入した。 爪を切るのは苦手だ。 普通、という言葉が好きだ。 好きというよりは、憧れに近い気持ちかもしれない。 私は
「そういえば、僕、今月いっぱいでここ辞めるんです」 「えっ、そうなんですか」 アクリル板を挟んで、私と先生は見つめ合った。 思いがけない言葉に、私は動揺していた。動揺しながら「そういえば」ってなんだよ、「そういえば」で始める話じゃねぇだろ、と思った。 「来月からは別の先生が担当になります。もし病院を変えたければ紹介状を書くことはできますが、どうしますか?」 必死に動揺を隠しながら、考えます、と答えた。 それが二週間前のこと。 先生というのは、私が通っている精
プロローグ 彼女の顔がすぐそばにある。恥ずかしくて俯いてしまいそうになる葵(あおい)の頬を、彼女の指が咎めるように撫でる。彼女の瞳に自分の顔が映って揺れている。目を閉じなければ、と思うのに、身体が言うことをきいてくれない。感情がこんなふうに制御不能になるなんて信じられなかった。脳みそが心臓になったみたいに耳の中いっぱいに自分の鼓動が響く。頭がふわふわして、少し怖い。 彼女がゆっくり近づいてくる気配がする。火照って過敏になった身体は、空気のかすかな動きまで刺激として拾って
明けましておめでとうございます。 昨年はたいへんお世話になりました。サークルや小説・短歌講座で関わってくださった方々、私の作る短詩や小説を読んでくださった皆様に心から感謝しています。 いつも本当にありがとうございます。 2021年の創作活動にはたくさんの変化と実りがありました。 中でも11月に行われた文学フリーマーケットに参加させて頂いたことは本当に嬉しかったです。 文フリ用に書き下ろした短編小説と、自由律俳句、短歌、そして今までに書いたSSの加筆修正版を収録した「星空に
神崎綾乃は今年、恋人のいない状態でクリスマスを迎えた。それは彼女にとって実に十年ぶりのことであった。 今までも、とくに意図して冬に恋人を作ってきたわけではない。ひとつの恋が終わると、いつの間にか次の恋が始まっている。綾乃の人生はその繰り返しだった。 それがなぜか、春先に恋人と別れたあとはいつまで経っても次の恋がやってこなかった。 恋人がいない春も夏も悪くはなかった。女友達と遊ぶ機会が増えたし、一人であちこち出かけるのも新鮮で楽しい。基本的には楽観的な性格の持ち主で
こんばんは。 「#呑みながら書きました」前々回ぶり(たぶん)に参加させていただきます! 今、は、赤ワインの小っちゃいボトルとをラッパ飲みしてます。アテはスルメです。うまい。 すごく書きたい、というか、誰かに聞いてほしいことがあるので書きます。ちょっと長くなるかも。 この前、ケガをして、初めて」夜間救急病院に行きました。 恐ろしいほどいろんなことが起こって、きゃぱい、になったので誰か聞いてください。(きゃぱいは昨日覚えた。今後はもう使わない気がする) その日は、昼間不動