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【ono no note Vol.75】夢か現実か、な話

君に出会えて良かったよ。


写真が趣味の僕は、土日になるとカメラ片手に街へと繰り出し、スナップ写真を撮っていた。目まぐるしく行き交う人たち、街中を颯爽と駆け抜けて行く車、芸術的な建造物。目に入ったものを片っ端から撮っていた。

その日は銀座に出掛けて写真を撮っていたのだが、良い感じの写真が何枚か撮れたので、カフェでコーヒーを飲みながら編集をすることにした。

アイスコーヒーを受け取った僕は、席を確保していなかったことに気が付く。普通なら席を確保してから注文するはずが、4時間もカメラを片手に歩き続けたせいか、ボーっとしながら注文の列に並んでいたのだった。

アイスコーヒーとストローを片手に店内を見渡すも、席は埋まっている様だった。どこか場所を移そうかとも思ったが、アイスコーヒーはグラスで提供されている。どうしたものかと思っていたら、外の席が空いていることに気が付いた。幸いなことに天気が良かったので、僕は急いで外の席へ歩を進めた。

外には2つのテーブルがあって、2つとも空いていた。どっちにしようかと迷っていると、「すみません、こちらの席良いですか?」と後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこには50代と思しきご夫婦が立っていた。身なりは整っていて「さすが銀座」といった感じだった。僕は席にこだわりは無かったので、「どうぞ」と向かって右側のテーブルを譲った。

僕は向かって左側の席に座り、リュックを下した。4時間も歩き続けたせいか、疲れがドッと押し寄せてきた。が、編集をするためにカフェに入ったことを思い出し、リュックからパソコンを取り出して、SDカードに入っているデータをハードディスクに移し替えた。300枚程撮っていたので転送には少し時間が掛かっていたが、その隙にアイスコーヒーを流し込んだ。一口で半分程飲んでしまったところで、朝家を出てから何も飲んでいなかったことを思い出した。

転送が終わったので、SDカードをカメラに戻し、編集作業を始めることに。

まずは300枚の中から選別をする作業。これは結構大事な作業。撮る瞬間は「良い」と思って撮ってるんだけど、どうしてもピントや構図が甘かったりすることがあるから、この選別の作業は結構神経を使ってやるようにしている。

ところが、疲れもあってか、なかなか集中できない。隣に座ったご夫婦の会話が楽しそうで、つい聞き耳を立ててしまったりしていた。

ダメだダメだ!集中しなくては!と自分に言い聞かせて、アイスコーヒーでエネルギーチャージ。カメラでもパソコンでも写真を確認しながら、一気に選別作業を終わらせた。300枚撮った写真は、選別で120枚程度にまで絞られた。

ここからが編集作業。明るさを整えて、傾きを調整し、最後にプリセットをドンと当てる。自分が思ったイメージに近付く様に、大胆かつ丁寧に整えていく。パソコンの画面に意識を集中する。ものすごい勢いで編集を進める。隣のご夫婦の会話も、この時は全く耳に入って来なくなっていた。

ものの20分ほどで編集は終わった。一通り確認した後、ハードディスクへの書き出し作業に移った。120枚もあると書き出しには結構な時間が掛かるので、僕は残りのアイスコーヒーを一気に飲み干し、行き交う人達のことを見るともなく眺めていた。


「あのー...」

集中していた時は何も聞こえなかった僕の耳に、音が戻ってきた。

「すみません」

次はもうちょっと声が大きく聞こえた。僕は咄嗟に正面のご夫婦の方に視線を移した。声の主は、隣のテーブルに座っていたご夫婦の旦那さんだった。

目が合ったので、「どうしましたか?」と答える。

「お忙しそうなところすみません。写真、撮られるんですか?」

旦那さんは唐突に質問を投げかけてきた。僕はその言葉の意図が分からないまま「はい、趣味でですけど...」と答えた。きっと、テーブルの上に置かれたカメラを見て、そう聞いてきたのだろう。

「やっぱりそうでしたか。」

この言葉に何か含みを感じた。

すると、

「いや、実は今年で結婚30年になるんですよ。せっかくだから記念に写真でも撮ろうかと思っていたんですけど、写真館で撮るのもなんだか気恥ずかしくて...。もしよろしければ、写真撮って頂けないですかね?」

僕は驚いた。

そんな大事な写真を、たまたまカフェで隣に座っていただけの若造に頼んでしまって良いものなのか。ましてや、僕がどんな写真を撮るかも分からないだろうに...。あからさまに困った表情を浮かべていた僕に、今度は奥さんがこう語りかけてきた。

「実は、さっきチラッとパソコンの画面が見えまして...。それで凄く良い雰囲気の写真をお撮りになってる様でしたから、もしよろしければと思いまして...」

そうか、もう写真はご覧になられたんですか。

いや、そこじゃない!本当に良いのか?もっとちゃんと写真館とかで撮ってもらった方が良いんじゃないか?結婚30年の記念写真なら尚更じゃないか?と思ったが、「果報は寝て待て」派ではなくて「幸運の女神には、前髪しかない」派の僕は、

「僕で良ければ、ぜひ撮らせてください!」

とカフェの雰囲気を壊さない様に声を抑えて答えた。ご夫婦は顔を見合わせながら、「良かったな」と喜んでいる様だった。


「じゃあ、早速お願いします!」

とご婦人。

「え?」

と驚く僕。

どうやら後日撮影ではなく、即日の撮影希望だった様だ。戸惑っている僕をよそに、既に席の片付けを始めているご夫婦。僕も慌ててテーブルの上を片付け始めた。写真の書き出しは既に終わっていたので、パソコンをリュックにしまう。テーブルの上のグラスを片付けようと視線を上げると、ご夫婦がグラスを片付けてくれていた。「ありがとうございます」と伝えると、「良いのよ」とご婦人。

店を後にした僕らは、そのタイミングで互いに自己紹介を済ませた。ご夫婦はずっと東京に住んでいて、銀座が好きで昔からデートでもよく銀座に来ていたんだとか。それで今でもよく2人で銀座に来ているらしい。

「どこで撮りたいですか?」と聞くと、少し考えてから「丸の内の仲通りがいいんじゃない?」と奥さんが旦那さんに提案した。「そうだな、あそこが良いな。仲通りにしよう。」と旦那さんはその提案を快諾した。


仲通りまでは歩いて10分程だった。ご夫婦は歩きながら色んな話を聞かせてくれた。お子さんは2人いて、2人とも結婚していること。海外旅行によく行っていたこと。2週間に1回は銀座に来ること。実は、昔趣味でカメラをやっていたこと。僕と同じように、銀座に写真を撮りに来ていたこと。

そんな話をしているうちに、仲通りに到着した。ちょうど人通りも減ってきていて、写真を撮るには絶好の時間だった。

僕は、なんとか良い写真を残したいという想いでシャッターを切った。仲通りから東京駅、銀座の中央通りと周り、最後は再び仲通りに戻って来た。

撮影は終わりかな、と思ったところで旦那さんから「最後に撮って欲しい場所があるんだ」と一言。「分かりました!」と返事をして後を着いて行く。

その時思ったんだけど、2人の後ろ姿はすごく綺麗だった。こんな夫婦になりたいな、と心の底から思った。そんなことを考えていると「ここで撮ってくれるかな?」と旦那さん。

そこは東京會舘だった。

びっくりした。

僕は去年結婚式を挙げたのだが、その場所が東京會舘だったのだ。すると「実は私たち、ここで結婚式を挙げたのよ」と奥さんが教えてくれた。

「え!?本当ですか!?僕も去年ここで結婚式挙げたんです!!」

驚きを心に留めておくのは無理だったので、思わず言ってしまった。すると「それは偶然!!」とご夫婦も驚いた様子だった。東京會舘が歴史のある式場というのは知っていたが、まさかこんなところで繋がりが生まれるとは思わなかった。

グッと距離が縮まったのか、その日最高の写真はここで撮ることが出来た。


撮影を終えた僕らは、写真の納品の為に連絡先を交換した。

「今日はありがとうございました。お2人にお会いできて良かったです。」とお礼を告げると、「こちらこそ。ありがとうね。」と旦那さん。「また機会があったら写真撮ってくださいね。」と奥さんが続いた。

「はい!いつでもご連絡お待ちしてます。今日は本当にありがとうございました。」と返事をして、帰ろうとしたその時、「そうだ」と旦那さんに呼び止められた。旦那さんの手には名刺が握られていた。そこには、誰もが目にしたことがある大企業の名前が記されていた。

「実は、うちの会社で今度社員の写真を撮ろうと思っていてね。お願いしてもいいかな?」

僕はその言葉が信じられなかった。だって、趣味でスナップ写真を撮っていただけの僕が、たまたまカフェで隣に座ったご夫婦の写真を撮って、それがどういう訳か大企業の撮影案件をお願いされているんだ。びっくりなんて言葉では表現できない程、僕の心は高鳴っていた。

「ぜひやらせてください!!!」

僕は気持ち悪いくらいの笑みを浮かべていたに違いない。でも、嬉しかったんだ。写真で誰かのチカラになれることが、嬉しくてたまらなかったんだ。

「良かった!じゃあ、日程は後日連絡するね。」

こちらこそです!と言おうと思ったところで、

「君に出会えて良かったよ。」

旦那さんの言葉にうるっと来たが、なんとかこらえて返事をした。別れの挨拶を交わすと、素敵なご夫婦は帰路に着いた。


約束の撮影は、無事に終わった。



人生はどこで何が起きるか分からない。こんなドラマみたいなことがいつの日かあなたの身にも起こるかもしれない。代り映えのない毎日の中で、ただただ自分の現状を嘆くんじゃなくて、楽しい未来を想像してみると良いかもしれない。だって、人間は想像できることくらいしか実現しないから。


僕にもいつか、こういうことが起きるかもしれない。

これは僕の思い描いた、壮大な夢物語。実現すると良いなあ。

「僕」としてなのか「旦那さん」としてなのかは分かんないけど笑


2020/08/03

DAISUKE ONO

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