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ある日の桃太郎
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日、おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。
その晩のことです。おじいさんが家に帰ると大きな桃がありました。
おじいさんはおばあさんを見ました。おばあさんが力強く頷きました。
遂にこの日がやってきたのです。
「この桃の中に桃太郎がいます。あなたが育てるのです。正しく育て、導くことでこの世界を救う鍵になります。」
おじいさんは震える手でゆっくりと桃を割りました。
目の前に突如現れた大きなトラック。
田中が見た最期の光景だった。
自転車に乗りながらスマホで地図を確認してしまった。フードデリバリーの仕事の最中だった。
日頃から危ない運転をしてる自覚はあった。
やっぱりこうなったか、と死ぬ間際に田中は思った。
目を覚ますと、近くにおばあさんが座っていました。
「あなたは今日から『桃太郎の世界』のおじいさんです」
かつて田中と呼ばれていたおじいさんがキョトンとしてると、おばあさんが詳しく説明してくれました。
・人は皆、現実世界で命を落とすと昔ばなしの世界に転生する。
・その世界での役割を果たすことで、初めて人生が全うされる。
・役割を果たせない限り、永遠に物語は続く。
この世界におけるおじいさんの役割は『桃太郎を育て、鬼を退治すること』。
こうしておじいさんの第二の人生が始まりました。
現実世界での桃太郎は、おばあさんが川で桃を拾ってくる場面から始まります。
しかしその前から『桃太郎の世界』は存在しているのです。
いつか現れる桃太郎に伝授するために、おじいさんは身体を極限まで鍛え上げ、剣術と体術を習得しました。おばあさんに戦術も教わりました。来る日も来る日も鍛錬を重ねたので、クマだろうがオオカミだろうが、もう山でおじいさんに敵う生物はいません。
おじいさんは思いました。
「わしが鬼と戦った方が早いんじゃないか…」
しかし物語の登場人物には役割があります。
おじいさんの役割は「桃太郎を立派に育てること」であり鬼を倒すことではありません。
おばあさんが何度もおじいさんに教えてくれました。
時々、おじいさんとおばあさんは八百屋へ買い物にも行きました。
「桃太郎にこんなシーンなかっただろ。絶対いらないだろ…」
おじいさんは不満でしたが、おばあさんは不思議と嬉しそうでした。
どれだけの時間が流れたのでしょう。
おじいさんが何度聞いても、おばあさんは桃が来る日を答えません。おばあさんにもわからないからです。
おばあさんは気持ちが不安定になるおじいさんを優しく導きました。
いつか来る日のために終わりのない努力をし続ける。それはまさしく現実世界のようでした。
桃太郎はたくましい青年へと成長しました。
おじいさんは自分が持っている全ての知識・技術を桃太郎に伝えました。
初めて桃太郎が刀を振ったとき、おじいさんには桃太郎の類まれなる才能がわかりました。それは到底努力で習得できるものではありません。生まれながらにして与えられてる特別なものでした。
そのとき、おじいさんは確信しました。
鬼を倒すのはわしではない、桃太郎だ。極限まで鍛え上げたわしだからわかる。
この子は…強い。
わしは、この子に伝える為にここに来たのだ。
旅立ちの日。
おじいさんは桃太郎に忠告しました。
クマやオオカミ、鷹は自尊心が高く必ずどこかで裏切る。イヌ、サル、キジを仲間にするように。
しかし桃太郎は既にそれを知っているようでした。彼もまた現実世界で命を落とした誰かなのです。
やがて桃太郎が壮絶な戦いの末に鬼を退治したと一報が入りました。
「おじいさんの努力が世界を救ったのですよ」
おばあさんに言われて、おじいさんは泣いてしまいました。現実世界で何かを成し遂げたことがなかった自分が世界を救った、その事実が嬉しくておじいさんは泣いてしまいました。
役目を終えたおじいさんの身体は徐々に透明になっていきました。
「良い人生でしたか?」
おばあさんが聞きました。
人生の最後に良い行いができて、おじいさんは満足でした。もしかしたらここは人生に後悔を強く残した人が集う場所なのかなと思いました。
「もう一度、あなたを育てることができて良かったです」
おじいさんにはもう、おばあさんが誰なのかが分かっています。
「ありがとう、母さん」
現実世界では言えなかった言葉でした。
おばあさんの目には涙が浮かんでいます。
そして役目を終えたおばあさんの姿も徐々に消えていきました。
その先の世界で、かつての親子はいつまでも仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。