食用油と健康の逆説IV :植物油にまつわる疑惑
今回から4回の記事に分けて、近年発表された文献[1][10]を要約しながら、アメリカにおける植物油の疑惑を紹介します。
植物油にまつわる疑惑
飽和脂肪酸が悪玉となり、植物油が必須脂肪酸として脚光を浴びるようになりました。
しかし、これには様々な疑惑があります。
1948年、CRISCOを製造販売しているP&Gが、アメリカ心臓協会(AHA)に170万ドル(現在のドル換算だと2000万ドル)を資金提供し、植物油の必要性を訴えました。[2]
(CRISCOについては食用油と健康の逆説IIを参照)
これによってAHAは一躍有名な組織となりました。AHAは名目上、非営利団体ということになっています。
心臓発作を起こしたアイゼンハワー大統領を担当したポール・ホワイト医師は、権威のある心臓専門医で、『大統領の病気は食事に原因がある』として、飽和脂肪酸悪玉説(食事ー心臓仮説)を発表したアンセル・キーズの説を支持しました。[3]
ホワイト医師はAHAの創始者でした。アイゼンハワー大統領はAHAのために、ホワイトハウスで資金集めに協力しました。
1960年に、飽和脂肪酸悪玉説を発表したアンセル・キーズが、AHAの栄養委員会に任命されました。
1年後にキーズの提案により、飽和脂肪酸の摂取を減らし、可能な限り多価不飽和脂肪酸(PUFA)に置き換えるように推奨しました。[4](食用油と健康の逆説IIIを参照)
アンセル・キーズの7カ国研究
キーズが飽和脂肪酸悪玉説を作ったきっかけとなったのは、キーズ自らが主導した7 カ国研究(Seven Countries Study:SCS)にあります。
SCSは、イタリア、ギリシャ、ユーゴスラビア、フィンランド、オランダ、米国、日本を含む7カ国16ヵ所で、約12,770人の男性を追跡調査をしたものです。[5]
SCSは、1956年に米国公衆衛生局から年間20万ドルの助成金を得て開始され、1978年に初めての発表後、5年ごとに対象者を追跡調査しました。開始した年は国によってばらつきがありますが、25年後まで調査報告は続きました。
結論からいうと、SCSのデータでは因果関係が証明できず、関連性しか示せませんでした。
その後、SCSでのキーズのずさんな研究が明らかとなりました。
たとえばキーズは、追跡調査した人たちの3.9%からしか食事データを集めていなかったり、データを検証していなかったり、伝統食ではない食事を評価していました。
しかも、男性のみが研究対象でした。また、アフリカ、中東アジア、中央アジア、オセアニア、南米地域は含まれていません。
ギリシャのクレタ島は、全死亡率と心血管疾患(以下:CHD)の死亡率が最も少ない地域でしたが、脂肪摂取量は研究中の地域の中で、36.1%と最も高い摂取量でした。
(CHD死亡率は、東フィンランドの1000人当たり268人からギリシャのクレタ島の1000人当たり25人と大きな差がある)
クレタ島の住人の伝統食は、チーズと肉、オリーブオイルがほとんどで、魚はほとんど食べません。にもかかわらず、低コレステロール、正常血症、正常血圧、正常体重でした。[6]
キーズはクレタ島で、動物性食品を禁止し断食をしていた期間[7]に調査しています。[8]
キーズはその調査で、「クレタ島の人が健康なのは、脂肪の摂取が少なかったからだ」と述べています。
後に、このクレタ島での調査が不適切だと指摘した研究者が、SCSの実施とフォローアップ責任者だったクリストス・アラバニス教授に確認したところ、アラバニス教授は調査の不備を認めました。[9]
SCSのデータを調べていくと、図のようにカロリーに占める脂肪の割合とCHDによる死亡との間に関連はありませんでした。
アメリカの男性(A)は、スロベニア(S)と日本の二つのコホート(T)(U)と一価不飽和脂肪酸(MUFA)と飽和脂肪酸(SFA)の摂取比率が1:1と変わりません。
にもかかわらず、アメリカの男性のCHD死亡率が高くなっています。
実はアメリカの男性のデータは鉄道員で、機関車から排出される有害な油や煙に常にさらされていました。
また、この頃のアメリカは最も喫煙率が多い時期にあたります。大気汚染や喫煙は心疾患のリスクファクターです。
また脳血管疾患は、1960年には日本とギリシャの両国で死亡原因の第1位で、両国の総死亡数の約30%を占めていましたが、当時のアメリカでは10万人当たり約108人と死亡者数が少なく、心臓病、がんに次ぐ第3位でした。[10] 。(日本とギリシャに脳血管疾患が多いのは低コレステロールが関係していると考えられます)
日本の二つのコホートについて報告書は、
総脂肪摂取量が少ない(9%)
飽和脂肪摂取量が少ない(2.9%)
中性脂肪の値が非常に低い
CHD死亡率が低い(10万人当たり144人と127人)
コレステロール値がもっとも低い
と指摘しています。
コレステロールについては、後半のシリーズで紹介します。
そしてSCSの15年後の報告書では、全死因死亡率、がん死亡率、CHD死亡率のデータしか提供されていません。その他死因は不明でした。
15年後報告書での日本の二つのコホートでは、CHD死亡率が10万人当たり1,517人と2,013人と7カ国中で2番目に高く(アメリカでは10万人当たり1,575人)、がん死亡率は、日本の二つのコホートではアメリカの男性(10万人当たり384人)よりもはるかに高かったことが明らかになりました(10万人当たり518人と728人)。
更に、日本の二つのコホートでの15年後までの報告されていない不明な死因は、全死亡の57%を占めており、アメリカでは不明な死因は26.7%と大きな差がありました。
日本ではSCSが始まってから(1960年代あたり)の15年で、急激に健康状態が悪化しています。
ちょうどこの頃は、高度経済成長期で植物油が普及し始めたきっかけとなるフライパン運動も始まっています。日本のグラフについては、こちらの記事を参照してください。
日本での二つのコホートは、田主丸(福岡県)という農村と牛深(熊本県)という漁村だったので、都市部で行なっていたら、また結果は変わっていたでしょう。そして不明な死因が多く、調査されていないのも不自然さを感じます。
そのため、アンセル・キーズが行なったSCSでは因果関係が示せず、こういった傾向があるという関連性しか見出せませんでした。
各国の生活様式や死因が様々ですが、キーズの7カ国研究が飽和脂肪酸悪玉説の根拠になっているのは不自然に感じられます。
キーズの方程式
キーズは総コレステロール値、総脂肪量・飽和脂肪酸を減らす、飽和脂肪酸をリノール酸に置き換えるという要素を使って、独自の方程式を作りました。
キーズの方程式によれば、血清コレステロール値が算出されるというものです。
しかし、様々な実験研究でキーズの方程式はことごとくハズれています。[11][12][13][14][15][16]
この方程式では、
天然の飽和脂肪酸と人工的に作られたトランス脂肪酸を混同している
不飽和脂肪酸の要素がリノール酸のみ(オレイン酸、リノレン酸は考慮していない)
動物油に含まれているコレステロールを考慮していない
油のヨウ素価のみを要素に加えている
という欠点があったため、ハズレるのは当然でした。
SCSの時にはすでに、世界中に植物油から作られたトランス脂肪酸が多いマーガリンやショートニングが普及していました。
この時期のデンマーク(7カ国研究の対象国ではない)での脂肪の調査では、年間一人当たり20kg以上のマーガリンを摂取していたことが明らかとなっています。[17]
アメリカでもバターやラードの消費量が激減し、代わりにトランス脂肪酸が多いショートニングとマーガリンの消費量が急増しています。(食用油と健康の逆説IIIを参照)
こうした経緯にもかかわらず、飽和脂肪酸悪玉説やキーズの方程式はアメリカ国内および、国際的な食事ガイドラインの基礎になっているというお粗末な現状です。
そしてがんや脳血管疾患、代謝障害などの病気ではなく、あくまで心臓病と脂肪の関係のみに焦点が当てられているのも不自然な点です。
世の中では飽和脂肪酸が悪玉ではないという研究が増えつつも、すでにキーズの説は一般的になり、アメリカ国立衛生研究所(NIH)のトップも支持していたため、飽和脂肪酸悪玉説は覆される状況ではありませんでした。[2]
次は、実験研究で起こった疑惑について紹介します。
つづく
【関連記事】
【参考文献】
[1]A short history of saturated fat: the making and unmaking of a scientific consensus.
Curr Opin Endocrinol Diabetes Obes. 2023 Feb; 30(1): 65–71.
[2] The big fat surprise.
New York, NY: Simon & Schuster; 2014.
[3] Good calories, bad calories.
New York: Alfred A. Knopf; 2007.
[4] Dietary fat and its relation to heart attacks and strokes.
Circulation 1961; 23:133–136.
[5] Coronary heart disease in seven countries.
Circulation 1970; 3:1–211.
[6]Crete: A study in the metabolic epidemiology of coronary heart disease.
Am J Cardiol . 1965 Mar:15:320-32.
[7]Greek Orthodox fasting rituals: a hidden characteristic of the Mediterranean diet of Crete.
British Journal of Nutrition 2004; 92(2): 277–84.
[8]Crete: a case study of an underdeveloped area. 1953; Princeton, NJ: Princeton University Press, p. 103.
[9]The Seven Countries Study in Crete: olive oil, Mediterranean diet or fasting?
Public Health Nutr . 2005 Sep;8(6):666.
[10]The Lipid–Heart Hypothesis and the Keys Equation Defined the Dietary Guidelines but Ignored the Impact of Trans-Fat and High Linoleic Acid Consumption.
Nutrients. 2024 May; 16(10): 1447.
[11]The Concentration of Cholesterol in the Blood Serum of Norman Man and its Relation to Age.
J. Clin. Investig. 1950;29:1347–1353.
[12]Weight gain from simple overeating. II. Serum lipids and blood volume.
J. Clin. Investig. 1957;36:81–88.
[13]Diet, physical activity and the serum cholesterol concentration.
Minn. Med. 1958;41:149–153.
[14]Obesity as a nutritional disorder.
Fed. Proc. 1959;18:58–67.
[15]Weight reduction and serum cholesterol levels.
Am. J. Clin. Nutr. 1963;12:401–405.
[16]The Lipid–Heart Hypothesis and the Keys Equation Defined the Dietary Guidelines but Ignored the Impact of Trans-Fat and High Linoleic Acid Consumption.
Nutrients. 2024 May; 16(10): 1447.
[17]The Consumption of Fats in DENMARK 1900–2000. Anthropology of Food 2012, S7. [(accessed on 4 April 2024)].
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