食用油と健康の逆説 VII:植物油にまつわる更なる疑惑
前回は疑惑の実験たちをみていきました。
まだまだ疑惑は続きます。
アメリカ食事ガイドライン作成での疑惑
アメリカでの人への健康的な食事目標として、アメリカ農務省(USDA)と保健福祉省(HHS)が共同で発行する『アメリカ人のための食生活ガイドライン』(Dietary Guidelines for Americans:DGA)を作成することになりました。
ガイドラインの初版には、脂肪、飽和脂肪酸、コレステロールの摂りすぎを避けるとアドバイスが含まれていたものの、上限の具体的な数値はありませんでした。
1990年以降に発行されたガイドラインには、脂肪、飽和脂肪酸、コレステロールの摂取を総カロリーの10%に抑えるという目標になりました。
アメリカの法律上、
と規定されていました。
しかし、2015年の報告書で専門家委員会は、ガイドラインを改定するたびに科学的な検証を行わなければならないはずが、飽和脂肪酸に対する検証を行なっていませんでした。[3]
代わりに外部の専門家団体やアメリカ心臓協会(AHA)、アメリカ心臓学会(ACC)のシステマティックレビュー、その他レビュー論文など、特に基準を設けずに、ただその場限りの寄せ集めの文献を使って検討を行っていました。
AHAやACCはこの時すでに、産業界から献金をもらっていることが判明しています。
AHAは2014年に産業界から収入の20%の献金をもらい、ACCは2012年に産業界から収入の38%の献金をもらったことを発表しています。
またAHAはCRISCOの頃のように、植物油メーカーからの数十年にもわたる支援を受けています。
そのため、当時のAHAやACCの文献は利益相反の可能性があるとして問題視されていました。[3]
このようなことが明るみとなり、その後は食事摂取基準諮問委員会(Dietary Guidelines Advisory Committees :DGACs)が、レビューを行うことになりました。
DGACsはケンブリッジ大学やウォール・ストリートジャーナルの記事などの発表を受け、
飽和脂肪酸に関する新たなレビューを発表するとしていましたが、一部のDGACsのメンバーから「AHAの結論と矛盾する内容だ」と反発を受けています。[4]
結果、2015年に発表されたガイダンスでは、脂肪酸に関するレビューのうち、飽和脂肪酸よりも植物油を推奨する論文が含まれていたことが明らかになりました。[5][6]
また、信頼性が低い論文[7][8]を参考にしたにもかかわらず、
DGACsは「飽和脂肪酸と心臓病の関係を示す証拠は強い」と結論づけました。
更に、2020年のガイドラインを作成するにあたり、DGACsには疑惑が浮上します。
それはメンバーたちに問題がありました。
あるメンバーは、1997年から2018年までに、5回にわたってベジタリアン会議の議長を務めていることが判明しました。
しかも、大豆やナッツの業界団体7社からの献金を受けていることも判明しています。
またあるメンバーは、飽和脂肪酸を悪玉とする臨床試験のいくつかに、主任研究員として従事していました。
もう一人のメンバーは、飽和脂肪酸に関する文献を非難しているベジタリアン活動家グループの一員でした。
2020年のDGACs小委員会の分析では、
と発表しています。
こうした利益相反があった文書は60%にものぼりました。[9]
このような経緯がありましたが、DGACsは検討した88%の研究が飽和脂肪酸と心臓病の因果関係が無いというデータを集めていました。
また、全体の94%の研究が、バターを含む乳製品を摂るほどに心臓病のリスクが低くなるという結論の文献を集めていました。
しかし、DGACsは一切考慮することなく、最終報告書で、『飽和脂肪酸と心臓病を関連付ける証拠は強い』と結論づけてしまいました。[9]
飽和脂肪酸を控えるというガイドラインについて
1961年、AHAは飽和脂肪酸を『全乳、クリーム、バター、チーズ、肉に含まれている脂肪』[10]と定義しました。
2020年、DGAは飽和脂肪酸を『高脂肪肉、全脂肪乳製品(全乳、アイスクリーム、チーズなど)、バター、ココナッツオイル、パーム油に多く含まれている』[11]と定義し、両者ともそれを控えるように指導し、約60年経っても変わっていません。
実は、これらの食べ物に飽和脂肪酸はそれほど含まれていません。
全乳100g中には1.86g、全卵には2g、100gの牛肉には5.2gです。
豚バラ肉になると100g中35.4gとさすがに多いですが、豚ヒレ肉だと100g中3.7gです。
(バターやココナッツオイル、パーム油を除く)
一方で実は、植物油にも飽和脂肪酸は含まれています。
大さじ1杯(12g)の大豆油には1.78g、ごま油には1.8g、米油には2.26g、ひまわり油には1.23g、サラダ油には1.32g、綿実油には2.53g含まれています。
いかにも飽和脂肪酸を悪とする印象操作も行われていたのではないでしょうか。
これまで様々な調査や研究を見てきましたが、飽和脂肪酸が悪玉で、必須脂肪酸である植物油(PUFA)を摂ると健康になるという『飽和脂肪酸悪玉説』は、疑惑だらけの『仮説』となっています。
しかしもし仮に、植物油が身体に良くないとなると、それはそれで大変です。
植物油に使う原料はたちまち行き場を無くし、大量に廃棄されるでしょう。
減量を作る農家は廃業し、食品業界や外食業界、商社も、大きな打撃を受けることになってしまいます。
今更取り返しのつかない事態になっているとも考えられます。
しかし、本当に大切なものは何なのか、人の健康が関わっているとすれば、しっかりと道を示してもらいたいものです。
つづく
【関連記事】
【参考文献】
[1] National Nutrition Monitoring and Related Research Act of 1990.
U.S. Congress. Washington, DC, USA; 1990.
[2] The scientific report guiding the US dietary guidelines: is it scientific?
BMJ 2015; 351:h4962
[3] Records obtained via a Freedom of Information Act request.
Available at: https://www.scribd.com/document/311738813/Part-1-of-2-response-to-my-11-18-15-FOIA-request-re-2015-US-DGAC-members-Barbara-Millen-Alice-Lichtenstein-Frank-Hu, 30–38. [Accessed July 25, 2022].
[4]Response to critique of review of The Big Fat Surprise.
Lancet 2019; 393:2124.
[5]Dietary saturated fats and health: are the U.S. guidelines evidence-based?
Nutrients 2021; 13:3305.
[6]Dietary linoleic acid and risk of coronary heart disease: a systematic review and meta-analysis of prospective cohort studies.
Circulation 2014; 130:1568–1578.
[7] The effect of replacing saturated fat with mostly n-6 polyunsaturated fat on coronary heart disease: a meta-analysis of randomised controlled trials.
Nutr J 2017; 16:30.
[8]Conflicts of interest for members of the U.S. 2020 Dietary Guidelines Advisory Committee.
Public Health Nutr 2022. 1–28.
[9]Dietary saturated fats and health: are the U.S. guidelines evidence-based?
Nutrients 2021; 13:3305.
[10] Dietary Fat and Its Relation to Heart Attacks and Strokes.
Circulation. 1961;23:133–136.
[11] U.S. Department of Health and Human Services .
Dietary Guidelines for Americans, 2020–2025. 9th ed. U.S. Department of Health and Human Services; Washington, DC, USA: 2020. pp. 5, 44.
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