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ロシアンたこ焼きの話
我が家は——と言っても持ち家ではなくアパートであるが——冬場部屋が激烈に冷え込む。外より寒いと言っても過言ではない程である。
メインの広い部屋だけがポツネンと存在する構造の角部屋なせいで熱が逃げる表面積が多いとは思うが、壁の断熱材の盗難を疑うぐらい冷える。
そんな事情もあって、冬場は買ってきた食材をキッチンに放置もとい保存しておくことも時偶ある。雪国スタイルっ。
ある日、半額惣菜として叩き売りされてしまっている面々を眺めに行くと、たこ焼きくんがいた。
所詮半額御惣菜達に生かされる身である僕にとって、半額惣菜巡りはもはや日常的行為である。シールを貼り出す時間も大体把握している。
たこ焼きが半額になっている景色は少しだけレアだ。思わず食指が動く。
少し哀しげに佇んでいる球状物体TAKOYAKI。気が付いた時にはレジを通して極寒の我が家にお迎えしていた。
次の日、件のたこ焼きを食そうとパックを開封すると、少し嫌な香りがした。なぬっ。
気になって底面を見ると妙な色をしている。フンワリカビカビ。
我々が寝ている間に裏側を侵略されていた。
僕の睡眠もたこ焼きの永眠も、彼奴等にとっては油断であり隙なのである。なんてこったい。
しかし態々財産を犠牲に入手したエネルギー源を、おいそれと捨てるわけにはいかない。
理屈ではなく気持ちの安寧の為に、いつもより若干長めな時間設定で開始した電子レンジを、昨日買った半額惣菜がこんなに傷んどったことあったかなあと各所への疑念と検証を重ねつつ眺めていた。
小気味良い音が聞こえ、熱が通ったたこ焼きを取り出す。上面はかなり無事そう。
ということで、危険そうな下面を舌に当てつつ食すことでチェックにかける。
一つ目を口に含むと正常な粉物は所有しないベクトルの風味を多少感じたが、概算するとたこ焼きであった。
なんだ食べられるじゃあないか。
何事も見た目に騙されてはいけないなあと教訓をなぞりつつ、意気揚々と二つ目を口に含んだ時、舌が軽く痺れた。
どれだけどんぶり勘定が雑な大衆の概算でも、口に含んだ球状物体がたこ焼きに分類される結末は訪れなさそうであった。
先程自分が口にした当たりは、ベーシック個体ではなくイレギュラー個体であったのだろうか。
仕方がない。無理して食し医療費が嵩む方が勿体無い為、廃棄処分の判断を下した。
しかしまだ見ぬ当たりがいることを信じて、僕は懲りずに次のたこ焼きを口に放り込む。
舌が痺れたらポイ。ザックリたこ焼きなら咀嚼して消化。その繰り返し。
スリルと共に粉物を楽しむ『ロシアンたこ焼き』は意外と楽しかった。
とはいえ、半端に腐った食材に巡り合う機会も、誰かにロシアンナンチャラに誘われる機会も、プチ不運が多いとはいえそうそう訪れない。
今日が最後かもなあと思いながら、数ヶ月後にロシアン豚肉を開催する羽目になる僕は、暢気にロシアンたこ焼きを堪能するのであった。
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