【コーチング スクール】先生のことをお話します 自分史14
これはコーチングのビジネススクールに通って、そこで僕の人生を変えた一人の母親とその息子に出会ったお話。
こんにちは。
今回は僕が不登校になったあとにどうやって生活をしていこうかと考えてどうなっていったのかを話します。
大学院で准教授からのアカハラで鬱になって不登校になったときの補足
前回のnoteでは不登校になったことについてお話しましたが
伝え忘れていたこともありましたので、ここで補足します。
教授の方から電話がありましたが、教授からのメールもありました。
文面としてはほとんど覚えてないのですが、
「あの日の准教授のあなたへの態度は私の目からみてもおかしいとは感じました。」
ということを含んでいたのは覚えています。
研究室の誰も僕はああやって吊し上げにされて然るべきと思っているものだと感じていたので、
教授のこの内容で少しだけ心が救われました。
なので、教授にはもろもろの経緯はお伝えすることにはなりました。
自分を幸せにするために仕事をすることを決意した
そして、これを機に僕は誰かを幸せにするために手段を選ぶのではなく
自分を幸せにするために仕事をすることを決めました。
もちろん家庭を持って、それを守るために頑張ることは素晴らしいことと思います。
自分の頑張る理由を他人に依存したら、それを失ったときに死にたくなるということには気をつけないといけません。
ということを伝え忘れておりました。
というわけで不登校からの休学からの流れをお話します。
休学してバイトをはじめて、毎月数万円入ることの喜びを知る
恥ずかしい話ですが、月に3万以上稼いだ経験が殆どなかった僕は
塾のバイトで7万円くらい稼いだのがすごく嬉しかったです。
そして福岡に帰って半年ぶりに通帳にお金が追加されました。
そこで買ったファイナルファンタジー13 ライトニングリターンズを遊びました。
朝の6時までゲームをして、それから寝て13時くらいに起きて、17時に塾に行く。
そして終わって22時半くらいに帰宅して、ご飯とお風呂を済ませて
また朝までゲームする
というゲーム廃人みたいな生活をしていました。
しかし、そのおかげか、貯金もたまりましたし
けっこう笑えるようになりました。
休学してから昔の友だちに会うようにした
無事に地元に帰って毎日それなりに時間を確保できるようになり、
そこで浪人時代に音ゲーをしていた友人に連絡をとって
会うことにしました(`・ω・´)
そこで再開した友達はなかなかの才能を持っており、
人間としても面白い人だったので
けっこう絡むようになりました。
そこで僕たちは一緒に
スマホセミナーをしようという話をすることになりました。
しかし、結局のところこの話は流れてしまいました。
ただ、おかげさまで、カタログを見たらすぐに料金の概算ができるようになって、
機種変してこのプランに変更したら毎月これくらいですねー
というのは僕は自分ひとりで説明できるようになりました。
塾には就職する選択肢はなく、自分で仕事をしたいと思った
会社に就職することは考えてはいませんでした。
僕自身ゲーマーだったので、塾に就職すると
ゲームをやめましょう
とか
いい学校に進学しましょう
ということを話さないといけないのがストレスなのです。
自分が心から思ってないことを子供に話すのは嫌でした。
会社とかそういう都合で子供に間違ったことを教えたくないからです。
学歴は自分を幸せにしてくれるわけではないのですから。
絶対しないわけではないでしょうけど、それを素直に信じてしまった子供が
大きくなって後悔してはほしくないので。
同い年の塾の社員さん「セミナーに参加して仲間探しをしてみたら?」
そんな中で社員さんが「いなふ氏、お主はセミナーに参加して仲間を探してみてはいかがかな?」というアドバイス。
これを聞いたその日の夜にはセミナーを検索してました(`・ω・´)
善は急げじゃ!ってことで即座に申し込んでましたね。
参加費2000円のセミナーでした。
バイトをして数万円稼いでいた自分からしたらほんとに小さな金額でしたね。
自分のためにお金を投資したり、学ぶためにお金を使う感覚は当時からある程度身についてました。
まぁ読まない本を買うよりはマシですからねww
当時はセミナーとかそういうスクールというのはあまり認知度が高くなく
詐欺もあまり表面化はしてなかったと思います。
最近はポンジスキームとは知らずに騙されている真面目な方が
詐欺の片棒を担がされていることは多いですけどね。
※ちなみにポンジスキームという詐欺の手口についてYoutubeで最初期に動画を上げたのは僕です。
この連隊長ヤハというのが当時の僕の名前でしたが、
これはいなふという名前で動画をあげたりするか決めかねていたからですね。
コーチングのスクールの受講生を募集するセミナーで参加を決意し、コーチングを始め用ようと思った
今では30期生がいるくらいのかなり息の長く実績のあるコーチングのスクールなのですが、
当時は僕は2期生の募集のやつに行ってました。
そこで参加費が高くて払えなくて、3ヶ月夏期講習でそのお金を稼いで
全部ぶっこんで学び始めることにしました。
これは自慢に近いのですが、ただ、ゲームをしっかり分析したり頭を使う訓練をしている人だったらけっこう
できる人はいると思います。
概要を聞いたら「つまりこういうことですよね?」って言える人です。
なので本質がわかった状態で僕は始めることができましたので
特に迷ったり不安に感じることはアリませんでした。
ビジネススクールは一緒に仕事をする人を探すためにやってることが多い
これはどこのビジネススクールでも言えることなのですが、
手放しで自分たちの稼ぎ方をお金で教える人はそうそういません。
そんなボランティアはないです(´。ω゜)ww
みんなその後のことを期待してやっているのです。
詐欺だったら金を出して騙されてくれる人ですが、
まっとうなビジネススクールであれば
一緒に仕事をしてくれる人なのです。
それを育てて、その人にしっかり稼いでもらって、
自分は別の仕事を始めたりしたいと思っているのです。
最近はそういうことに対して懐疑的というかネガティブな面を表に出す人は多いですけどね(´・ω・`)
そんなわけでコーチングを始めることになって同期の人とたくさん話すことになりました。
中には看護師や技術職の人、中卒の人、いろーんな人がおりました。
僕はその中でチームを組んで一緒に頑張ることになります。
ただ、このコーチングのスクールのちょっと変わったところは
3ヶ月の受講期間の間にお金を稼ぐということです。
なので、自分の参加費を受講期間中に稼いでプラスにすることもできました。
このコーチングのときの思い出はそれなりに割愛しますが、
いちばん大事なのはここで出会った人です。
息子がゲーマーで困ってるというお母さんから相談を受けました。
もともと自己紹介などでもゲーマーというところをガンガン言っていて、
個性の塊みたいなやつだった僕は
懇親会で一人のお母さんと出会うことになります。
結論から言うと、このお母さんと息子の関係を修復したことで、
自分のゲーマーである過去と
塾講師である現在が繋がり
自分の仕事の形が明確になりました。
この親子の具体的な話は別のシリーズで詳しく解説しているので、
よかったらそちらも見てください。
ゲームを殺戮ゲームと呼び、パソコンのコンセントをぶっこ抜くクレイジーなお母さんでした
正直こんな状態では子供も心を開くわけがないので、
僕が順序を追って子供と会話するときにこんなことを聞いてください
というのをお話していたんですね。
そしたら急激に関係が回復して、
気がつけば子供は自主的に塾に通うようにもなったのです。
さらに僕が一回2時間くらい教えただけなのに数学の点数が2倍にあがったので
「ゲーマーって頭いいんだね」
ってことを再認識しました。
このゲーマー特有の考え方やあたまのよさと
それを刺激するいい指導者がいれば
ゲーマーの成績をあげるのはかんたんだと。
そういうわけで僕はゲーマー向け、ゲーム好きのための家庭教師を目指すことになります。
そんなわけで僕のここまでの自分史は以上になります。
そして今の僕につながっているといっても過言ではありません。
もし他に語ることがあったら書いていきたいと思います。
福岡に帰ってきてからの失恋話とかはネタにはなりますが、
なんの参考にもならないですしねww
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
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