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堕落の免罪符としての創作
僕の友人にとんでもない薬中野郎がいるのですが、コイツがいうのです。
創作をするにはアタクシは薬物に頼る必要がある気がする ずるだけどね
コイツは中学生くらいからブロン、メジコン等の市販薬や病院から処方されている精神薬でOD(オーバードース、多量の薬物摂取)する習慣があるのですが、同時に芸術?僕はこの辺疎いからあまり詳しく話せないが、何かしらの創作活動をずっとエッサホイサと行ってるんですわ。
コイツはTwitter上で“創作をするにはアタクシは薬物に頼る必要がある気がする ずるだけどね”なんてことを言ってますが、もう創作の為に薬物をしてるというよりは、薬物をやることを正当化する為に創作をしている感じがするんですよね。薬物をやっているから私は綺麗な作品を生み出せるんだと、自分で自分に言い聞かせているような節を感じるというか。
僕の昔の記事からの引用にはなるのですが
精神障害者が太宰治にハマるのと一緒ですね。躁鬱と境界性人格障害を持って、死ぬ死ぬと、ワイは人間失格なんやー!と、喚き散らかして大衆から拍手喝采を浴びている彼を見ると、死ぬ死ぬと喚き散らかしている自分のことを肯定されている気分になって楽になれる。クズであったり堕落していることも、太宰のおかげでアイデンティティにすらできて、自分が死ぬ死ぬということもどこか愛らしく感じてきて、より精神疾患に拍車がかかる。希死念慮を抱くことで良い思慮が生まれ、それが創作に繋がるんなら、まぁ別に良いだろうと思ってる精神疾患持ちは多いように思います。
コイツを見てて思ったのはね、人間というのは
自分の欠点を肯定してくれるコンテンツ
に執着する傾向にあるんだろうなと思います。
幼少期虐待やネグレクトを受け、愛情を実感できないと不安だと、愛着障害的な気質を持つ人は逸脱した愛情表現、性交渉に執着し、出会い系アプリにハマったり、キャバやホスト等に執着したりしがちです。
悪いことばかりではなく、見捨てられるのが不安で人に過剰に媚を売るという愛着障害特有の技術は夜職への適合が凄まじく高く「3日で店の売り上げトップなったわwww」みたいなことをいう人を2人知っています。薬中野郎のコイツと、たまに僕の記事に登場する自殺した子です。
ちなみに僕も17歳の時にメンズコンカフェという当時は飲食店区分であり、風俗営業許可を取らずとも営業できる為未成年も雇えるというホストの劣化版みたいなふざけた店で働いてましたが、当時謎に強烈な右翼思想を抱えており、店で
「天皇陛下万歳‼️竹島は日本の領土だ‼️」
と喚き続ける意味のわからん営業方法、通称
“右営”をしていたのですが、ありえんくらい煙たがられてましたね。(大爆笑&大号泣)
人間誰しもが大なり小なり何かしらのコンプレックスを抱えているものですが、その向き合い方は二つに分かれており
①コンプレックスがあることはしょうがない。芸術や表現に昇華するなんてガキらしいこと喚いていないで、コンプレックスはコンプレックスとして向き合って、現実を見よう。
という疲れ果てた大人タイプと
②ウオオオオオ!!コンプレックス辛くて堪らん!!こんなに辛いんだから、何かしらの形でポジティブに作用してくれないと苦痛と幸福の採算が合わん!!ワイはこのコンプレックスを昇華させるんや!!
というガキ臭いタイプ。
コンプレックスや欠点って、何かしらの表現に昇華される場合もあるんですよ。先ほど話した愛着障害者の夜職だったり、いじめられっ子の格闘技であったり、精神障害者の執筆だったり、薬物中毒者の芸術だったり。
でもね、コンプレックスっていうのが一度ポジティブに作用しちゃうと、コンプレックスで辛いはずなのに一種のアイデンティティに変貌しちゃうというか。こう聞くと「良いことじゃないか!」という人もいるかもしれないですけど
例えばイジメを受けたことがキッカケで格闘技を始めて、イジメられた故に強いモチベーションを持ち練習に打ち込み大成した格闘家がいたとして、モチベーションを保つ為に家に当時のいじめっ子の顔写真等を貼りまくり常に「殺す殺す殺す殺す殺す……ウオオオオオオ!!!」と常に異常な精神状態でいたりしたら、それってコンプレックスを払拭したと言えるのでしょうか?
コンプレックスを昇華する為に始めたことなのに、いつのまにかよりコンプレックスに囚われているなんて現象も起こりうる。
薬中野郎が薬物をする前に「これで芸術のアイデアが思い浮かぶかも……」なんて考えているようなら「思い浮かびねぇよ!芸術を薬物摂取の免罪符にするな!」と殴ります。あくまで薬物は薬物単品で楽しんでいただきたい。自分の表現活動と、ネガティブなものを掛け合わせてしまうといつかネガティブに侵食され切ってしまいます。
①コンプレックスがあることはしょうがない。芸術や表現に昇華するなんてガキらしいこと喚いていないで、コンプレックスはコンプレックスとして向き合って、現実を見よう。
薬をやめろ!なんてことは言えませんが、芸術と薬をゴッチャにするべきではないと言いたいんですよね。芸術が好き故に、薬物の使用量も増えてしまうでしょうから。楽しくて格闘技やってるのに、辛いいじめっ子の記憶を思い返さなければいけない格闘家は不幸でしょう。
僕はね、薬物野郎に薬物でボロボロにならずに、健やかに芸術を楽しんどいてもらいたいわけですよ……フォロワー達も、薬物はほどほどに……