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読書会に乱入!「しらふで生きる」持参の末路
18歳の俺は教養に飢えていた。教養とは何か?それすらよく分かってなかったが、当時三島由紀夫に心酔しきっていたこともあり「知的な大人」という存在への漠然とした情景が強かった。
いくら名だたる野球選手でも、水泳の名手でも、ゲーテの名も知らず、万葉集のなんたるかも知らないでは一人前とはいえますまい。
三島由紀夫『実感的スポーツ論』の一文だ。
当時通信制高校に通いながらボンヤリと格闘技を続けるだけの「知的な大人」の対極にいたような私はこの一文に焦燥を募らされ、本を読み漁るようになった。
ヘッセ、カミュ、ドストエフスキー、勿論読み始めて10ページもたたず意味がわからなくなってくる。それでも「本を読む自分」という幻想を自分に叩きつけることで、なんとか教養という泥舟に乗ったつもりでいた。
そんな折、Twitterを眺めていると地元近くのカフェで読書会なるものが開催されるとの情報を得た。読書会なるものがなんなのかすら知らなかったが
「これだ」
と直感した。俺の教養的野望を開花させる場所はここしかない。このツイートをみて心を躍らせる自分が、どれほど場違いな存在かを知る由は無かった。
その頃の俺は町田康の『しらふで生きる』にどハマりしていた。
酒を飲んでも飲まなくても人生は寂しい。
この本を紹介し、この一文を読み上げればきっと読書会の人々も俺のことを「刹那を生きる深い若者」と認めてくれるだろうと信じて疑わなかった。
教養のある人間は未成年飲酒をしないことを俺は知らなかった。そんなこと、ドストエフスキーも三島由紀夫も教えてくれなかった。
TwitterからGmailを経由して問い合わせをすると、とある住所が送られてきた。
カフェで紅茶でも啜りながら話し合いましょうとのこと。本当はビールを飲みながら話し合いたかったが、グッと堪える。俺は教養人になるんだ。
数少ない友人を1人連れて共にその住所に乗り込む………
虚偽の住所を送られていた。
指定された住所に佇む建物のドアを開けると、鉄道職員らしき制服を着た中年男性達がお弁当を食べていた。
「あのー……こちらで読書会が開催されるとお聞きしてまいりましたが……」
「あーー……多分間違えてますね……」
……………
俺は落胆した。Gmailに記載された番号に何回も電話をかけるが繋がらない。
だが、俺たちは18歳。ここで拒まれているなんてことに気づけるほどの知性は無かったが、指定された駅周辺のカフェをしらみ潰しに突撃する体力はあった。
駅構内にあるカフェに入ると、やっとそれらしき集団を見つけた。小綺麗な服装に身を包んだ中年の男女が4人。紅茶を片手に本の話をしており、カフェには静かな音楽が流れて、空気から「知性」を感じる。
場違い感に全身を貫かれながら『しらふで生きる』を片手にドカドカと突撃すると途端に空気が凍る。
俺の知性の象徴は三島だったので『三島由紀夫VS東大全共闘』の時に三島が着てた感じのパツパツシャツを着ていった。この場に来るまではとてもTPOに適した知的なコーデだと思った。
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もう1人の男は、常軌を逸脱したロン毛にピアスが全身に20個以上あいた男。
まぁ『蛇にピアス』が芥川賞を取っている。別にTPOには反してないだろ。と屁理屈を頭の中でこねた。
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こういう緊張感のある沈黙には慣れている。
コンビニに溜まった不良にガンをつけると、緊張感のある沈黙が訪れる。だが、その時の不良からは体格の良い俺への「畏敬の念」が感じられないでもない。本当にすぐ目線を外しやがる。
だが、今回の沈黙は少し違った。
「異物が混入したぞ」といった感じの沈黙だ。
自己紹介の時間が始まると彼らは次々に自分の愛読書や文学観を語り始めた。何かを「読む」という行為にこんなにも思索や経験が結びついているのかと、俺は圧倒されていた。
そして俺の番が回ってくる。
「えっと、えっと、僕が最近読んだ本は、町田康氏の『しらふで生きる』です!!」
😅😅😅😅←参加者の顔がこれになる。
「あっあっあっ……酒を飲んでも飲まなくても人生は寂しい!」
😅😅😅😅
焦りで冷や汗が止まらない。とにかく何かを喋らなくてはと、文学に関係のないアル中トークが止まらない。事前に考えていたことが何も思い浮かばない。
心の底から生きていることが申し訳なくなった。
そろそろお開きにしますか……という雰囲気になり、リーダー格らしき男性が俺たちに告げる。
「いやぁ……虚偽の住所送ったんですけど、よくここがわかりましたね……」
じゃあなんで読書会の募集なんかかけていたのかは謎だが、マトモな大人達の憩いの時間に我々のような異常者が乱入してしまったことに酷い罪悪感を感じた。
友人がリーダー格の男性に尋ねる
「次はいつ開催されるんですか?」
「いやぁ、一年に一回くらいしかやってなくて……次は来年頃ですね」
Twitterを見ると、翌日にも開催予定があった。
カフェからでると、俺たちは喫煙所まで走った。読書会なんて、まだ身の丈にあってなかったのかもしれない。
読書会にはもう当分行かない。紅茶の香りが漂う空間での教養より、喫煙所で缶ビールを躊躇なく開栓する精神的教養の方が俺には役立つ。
自分がキチガイ扱いされたという事実を帰りの電車の窓に映る自分を見ながら反芻していると、少し落ち込んできた。
だが、ふと町田康ならこんな出来事だって笑い話にしてしまうんだろうなと思ったら、急におかしくなった。彼なら俺たちより堂々と読書会を崩壊させていただろう。
気がついたら、駅前の立ち飲み屋でビールを一杯ひっかけていた。泡が弾ける音に「まぁまぁ」と慰められているような気がした。