【SS】21.モーニングコーヒー ※クリエイターフェス
我が家では、朝のルーティンの一つでコーヒーを入れて飲むというのがある。コーヒーは豆を買って粗挽きで挽いて入れて飲むのがいつものパターンだ。いつの頃からか日課になっているが、朝のコーヒーはちょっとおしゃれだよねと思っていた若かりし頃を思い出しながら妄想してショートショートを書いてみた。お楽しみください。
モーニングコーヒー
「新しいコーヒー豆が届いたね。まだ前の豆が残っているけど、新しい豆を挽いて飲んでみようか」
「わぁ、そうしよう。絶対美味しいよね。煎りたて挽きたてだもんね」
橘誠と椿愛という若い二人は現在同棲中だ。同棲し始めて一年が過ぎたところだった。全く裕福ではないけど、朝のコーヒーを二人で飲む習慣がいつの間にか身についていた。コーヒー豆はネットで購入できる廉価版ではあるが毎回豆を挽いてからドリップで淹れるコーヒーは、部屋中に漂うコーヒーの香りがなんとも言えない。もちろんブレンドされたコーヒーなのでストレートのような深い味わいは感じられないが、若い二人にとっては最高のコーヒーの味に感じられていた。コーヒーメーカーは便利で憧れてはいるが、ペーパーフィルター越しに淹れるコーヒーが格別だった。
二人にとって、毎朝同じベッドで目を覚まし、誠がコーヒー豆を冷蔵庫から取り出してミルで粗挽きし、紙のフィルターをドリップにセットし80度に沸かした電気ケトルのお湯をゆっくり回し、愛の様子を伺いながらコーヒーに注ぎ入れる。ほのかに香りたつコーヒーが狭い部屋に充満する。愛は、そんな誠をまだベッドの中から見つめている。昨夜の愛を反芻するような眼差しで誠に愛を送っている。誠は愛の視線を上半身裸の背中で感じながら、電気ケトルを傾けながら少しずつゆっくりとお湯を注いでいる。そして二人分のコーヒーができあると、立ち上がる湯気にコーヒーの香りを乗せ、サーバーのコーヒーが軽く攪拌されて、二つのマグカップに注ぎ込まれる。
二つのマグカップに8分目ほどに注がれたコーヒーを器用に左手でもった誠は、ベッドのほうに行き、マグカップを一つ愛に優しく手渡す。
「熱いから気をつけて」
「うん。ありがとう。いい香り」
誠はベッドの中にいる愛の横に再び潜り込む。愛は、クッションを背もたれにできるようにあらかじめベッドの枕元を整えていた。二人は、ヘッドボードに立て掛けたクッションを背にして仲良く並んで座り、モーニングコーヒーを一口飲んだ。左手にある窓からは眩しいくらいの朝日がカーテンの隙間から差し込み、今日もいい天気になりそうな予感の温かい太陽の光を感じ始めていた。今日は日曜日なので二人ともゆっくりだ。
誠は、コーヒーを半分くらい飲み干すと、サイドボードにまだ湯気が立っている飲み掛けのコーヒーをそっと置いて、サイドボードの引き出しから何かを取り出した。
「愛、もう同棲は終わりにしよう」
「えっ、どういうこと」
愛の目は一瞬で不安いっぱいになり、表情は曇りかけた。
「これ、受け取ってくれるかな。結婚しよう」
誠はきらりと光る指輪を取り出して、愛の左手の薬指に指輪をはめ、優しくキスをした。曇りかけた表情はどこかに消えてしまい、代わりに少しだけはにかんだような表情になった愛は、朝陽に照らされ少し赤らんだ頬でうれしそうに上目遣いに誠に返事をした。
「この時をずーっと夢に見て待ってた。誠、ありがとう」
この後、二人が幸せになったということは語る必要もないだろう。そして二人にとって、この秋の日のモーニングコーヒーは忘れられない甘い味として記憶に刻まれたに違いない。いつまでもお幸せに。
了
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