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先輩と後輩君の眼鏡

お客様との会話を他人に話すのはご法度ですが、数年前の朗らかな話であるのと、営業自粛中にちょっと振り返つつニヤっとできるのを書きたいと思ったのでお許しいただきたい。横浜でBARを営んでおります、takemiと申します。これは私の数年前のある一日の、メガネが好きなお客様の話である。




あれは俺がお店を始めた年の、夏になる手前頃だろうか。
その夜、終電で以前からの馴染みのお客様が帰った深夜1時過ぎ、誰もいなくなった店内を見て「うーん、このまま誰も来なかったらどうしよう。まだこの辺りのお客さんあまり知らないし…」と子羊の様に震えていた。


そんな子羊の匂いを嗅いでか分かりませんが、新規のお客様が二人、階段を上がって入って来てくれた。スーツ姿の男性と、それより少し年上な私服の男性。二人とも眼鏡をかけている。




「やってますか」


「やってます。どうぞ。」




二人とも眼鏡の奥の眼つきはまだわからない。震える子羊を食べにきた狼なのか。「近くにジンギスカンのお店ありますよ」と言いかけたが、「来てくれたお客様に何を言おうとしてるんだ。俺は子羊じゃない。俺こそ狼だ。飢えた狼だ」と自分に言い聞かせおしぼりを渡した。



「マスター、僕はジントニックを。先輩は何にします?」


「俺はー。ビールに戻ろうかな。や、レッドアイで」



どうやら普通に良いお客さんだ。なにを疑っていたのか。だが仕方ない、俺は飢えた狼。狼は常に周囲を警戒しているのだ。



「お二人は今日は何軒か廻られてるんですか?」


「ふふ、もう4軒目くらいです。酔ってます。でも今日はとことん飲むんですよ。ねぇ?先輩?」


「え?うーん。そうだな。今日は飲もうか」


「いいですね楽しそうで!よくこの辺りは来られるんですか?」


「いや、マスター。実はこいつねー、前の職場の後輩なんだけど。今インドにいるのよ。」


「インド!?また遠いですね。お仕事ですか」


「ええ…。インドだとお酒あんま飲めないし、飲めても全然種類ないから。日本で飲んだら酒が美味くて美味くてね。ふふ…。」




なるほど。どうやら仕事でインドに行っている後輩君が日本に一時帰国して、前職の先輩と呑んでいるようだ。良い夜じゃないか。




「でもねマスター。。。僕たちねオタクなんですよ。オタク」


「はい?」


「先輩と僕を見てなんか変わってると思いませんでしたか。。。ふふふ…」


「えー…と」


「僕たちはねー。オタクなんですよ。眼鏡の。メガネオタクなんです。」


「あーー。言われてみると変わったデザインの眼鏡してますね二人とも」




確かに言われてみると、先輩は真っ赤な哀川翔のような眼鏡をしているし、後輩君は眼鏡をなんというか上下逆にしたようなレンズをかけている。



「東京の〇〇(忘れた)にね。すごい眼鏡屋さんがあるんで、そこに眼鏡を買いに帰ってきたんですよ。。分かってくれるのはこの先輩くらいなんですよ。。ふふふ。。」


そこから先は後輩君の眼鏡トークは止まらなかった。ガブガブお酒を飲みながら、海外には信じられないくらい薄いフレームの眼鏡があるとか、ネジを使わないフレームやほぼ折れ曲がらないフレームや高性能レンズ。日本もすごいが海外にはとんでもないのがあって、でもなかなか買えないと。




「なるほど、すごいんですねー眼鏡の業界も。俺は全然分からないですけど。コンタクトなんで」


「コンタクト良いじゃないですか」


「あ、コンタクトもありですか」


「ふふ。なにも眼鏡はかけるだけが楽しみじゃない。昨日もね、撮影会に行ってきたんですよ。」


「おー。あれは良い撮影会だったな。」


「撮影会?」



都内のイベント会場やライブハウスなどで、眼鏡をかけた女の子をステージに上げてそれを写真で撮るという集いがあるらしい。そしてその女の子達はコンタクトだけど度無しのメガネかけてたりするらしい。



「あー。メガネアイドルとかいますもんね」


「ふふ…。ん?メガネアイドル?(ピクッ)」





その時、後輩君の眼光が鋭くなったのを俺は見逃さなかった。あれは狼の目だ。



「あのー。時東ぁみでしたっけ?メガネアイドルの…」


「時東…ぁみ…だと?…」


「えぇ、いますよね。メガネのアイドル。グラビアとかテレビ出てる」


「グラビア?…テレビ…だと??」



なにか不穏な気配を感じた刹那、後輩君が俺と先輩を交互に睨みつけながらわなわなと震えてこういった。



あのなぁー。いいか!!メガネってのはなぁ!!メガネにぃ価値があると思ったら大間違いなんだぞぉお!!ぅおー!いいか!!メガネってのはなぁ!!!




「おいおい、落ち着け落ち着け!」




「メガネわぁ!!いいか!この、メガネかけた時!!鼻にあたる部分あるだろうぅ!!この当たった部分にぃ!!!ポチっと跡ができるだろう!!このポチっのためにメガネはあるんだよ!!おい聞いてるか!!グラビアだ?!テレビ?!バカヤロウ!!そんなもんじゃポチが見えねぇだろうが!!ぅおおおおお!!!キェーーーー!!」



と言ってトイレへ駈け込んでしまった。キェーーーーー!!と確かに言っていたのを覚えている。



俺と先輩が唖然としていると、後輩君がトイレから出てきた。
なぜか上半身にトイレットペーパーをグルグル巻いている。



「いいか。。。これは俺の心の傷だ。。メガネを理解しない世界に対する心の傷に包帯を巻いているんだ!」



「いや、、包帯じゃないし、、もったいないし、、」


「マスター、ごめんね。おい、お前落ち着けよ。」


「はぁはぁ…。分かったか。はぁはぁ」



息を切らす後輩君を先輩がなだめてくれて、巻かれたトイレットペーパーをほどきながら俺たちは仕切り直した。



「やーすみませんアイドルとか浮ついた事聞いて。そんなに眼鏡が好きだとは。そうですよね、確かに入ってきてくれた時から変わった眼鏡してるなーと思ってたんですよ。」


「はぁはぁ…変わった眼鏡?ふふ…これはね。。。。ん??」



「どうしました?」



「あれ…???。

僕、酔いすぎてずっと眼鏡上下逆でかけてたみたい。。」



「え…??ずっと??うち入ってくる前から?」



「はい。多分どこか前の店から。」




「…」




「………」





「嘘やん!あんなに語ってたやん(笑)!!!」


「それじゃポチっとつかへんやんけ(笑)!!」


「謝れ!メガネの神様に謝れ(笑)!一生包帯(トイレットペーパー)を巻いて過ごせ(笑)!!」


「すみません(笑)!!」






そんな素敵な夜がございました。
インドの風、ジントニック、心の包帯、隠しきれない眼鏡への思い。





お二人とも元気だろうか。今夜は眼鏡に乾杯!!



読んでいただきありがとうございました。あなたの眼鏡に幸あれ!!

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