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ジェリコのラッパと急降下爆撃機スツーカ


■異教徒へ終末を告げ知らせる”ジェリコのラッパ”


 昔々、旧約聖書の時代、エジプトから逃れたイスラエルの民が約束の地カナンを目指していました。彼らは堅固な城壁に囲まれたエリコ(ジェリコ)という町に直面します。あのモーセの後継者、指導者ヨシュアの指示で、神の命令に従い、七日間町の周りを回り、ラッパを吹き鳴らしました。 
 七日目に一斉にラッパを吹くと、驚くべきことにエリコの城壁が崩れ落ちました。イスラエルの民は神の助けによってこの町を征服しました。
 キリスト教文化圏の人たちは、この逸話を子どもの時から聖書で聞かされて馴染のあるものとして聞かされています。
 そう、このラッパは神の裁きの象徴、キリスト教を信じない異教徒たちには恐怖の裁判の音の象徴とされています。異教徒にすれば迷惑な話です。
 また、新約聖書『ヨハネの黙示録』の中で語られるのもラッパです。世界の終わりを迎えるその時に、7人の天使がラッパを吹くとされており、このラッパが1回鳴り響く毎に天変地異が起こります。そして最後の7人目の天使がラッパを鳴らした時、世界は最後の審判の時を迎えるといわれています。別名、アポカリプティックサウンド(終末音)とも。

ジェリコのラッパの絵画

■急降下爆撃機が鳴らす”ジェリコのラッパ”

 1935年、スペインの大地は内乱の火花で揺れていました(スペイン内乱)。その混乱の中、最新鋭の航空機が空を切り裂き、不気味なサイレンのような音を響かせながら迫ってきました。爆弾が投下され、大爆発が起こります。
 この航空機の名はドイツのコンドル軍団所属のユンカースJu87。空爆に不慣れな兵士たちは、突然の攻撃にパニックを起こし、指揮系統は混乱しました。視界には爆煙と瓦礫が広がり、戦場は一瞬にして地獄と化しました。まるで旧約聖書のジェリコのラッパの描写が現実となったかのようです。
 ドイツは「コンドル軍団」と呼ばれる支援航空団を派遣していましたが、これはスペイン内乱を実験場として利用し、やがて行われる大戦に向けた実戦経験を積むための実験場でした。
 この独特の吹鳴音が敵に威嚇効果があることを知ってから、ドイツは自らサイレン装置を取り付け、こう呼びました。”ジェリコのラッパ”と。
 実際の音を聞きたいかたはこちらをどうぞ。

■急降下爆撃機の代表格ユンカースJu87

 Ju 87スツーカは、ユンカース社によって開発された急降下爆撃機で、主任設計者はヘルマン・ポールマンです。スツーカ(Stuka)とは、“急降下爆撃機”を意味するドイツ語の「Sturzkampfflugzeug」略なのですが、本機がドイツ軍の用いた急降下爆撃機の代表として扱われたため、この名が用いられるようになりました。
 当時のドイツではこの急降下爆撃機開発に相当熱をいれてました。特にエルンスト・ウーデット少将。この方、戦間期に急降下爆撃の先進国だったアメリカでその薫陶を受け、ドイツ空軍に急降下爆撃技術を普及させた、いわば「急降下爆撃の信奉者」でした。やりすぎて4発の大型爆撃機にもやらせようとしますが・・・・。

 Ju87は逆ガル翼と固定客、頑丈な機体構造が特徴で、急降下爆撃機らしいがっしりしたフォルムが特徴的です。逆ガル式の翼が生み出す下方視界の良さと、安定した急降下性能により精密な爆撃を実施できるようになりました。

急降下爆撃は小さな目標には非常に効果的でした

 Ju87は大戦初期では、重砲や対戦車砲が満足に揃わなかったドイツ陸軍の地上支援で絶大な効果を上げました。特に西方電撃戦では、強力なフランス戦車に苦戦するドイツの機甲部隊の支援に大活躍を見せます。ドイツは「空飛ぶ砲兵」としてこの機体を活用したのです。
 しかしながら、欠点もあります。頑丈な構造のため、燃料搭載が限られ航続距離は短く、低速で防弾性能が弱く、制空権を持たない状況では効果的ではありません。
 特にバトル・オブ・ブリテンでは連合国軍に多数撃墜されるなどの損害を被りました。戦局が変化する中で、戦闘機のFw190を戦闘爆撃機として代わられることとなりますが、操縦の容易さから多くのパイロットに好まれ、東部戦線では終戦まで使われ活躍しています。
 初期型と性能向上の後期型に大別できますが、それでも旧式化が目立ち、後継機も現れず、制空権のない場所では極めて厳しい戦いを強いられることになります。

モデラーやマニアには大人気の37mm機関砲を搭載したG-6タイプ

■スツーカ大佐と言われた軍人

 Ju87を語るうえで欠かせない人物がいます。マニアの間では超有名人、ハンス=ウルリッヒ・ルーデル。東部戦線で多くの戦車を破壊し名を馳せました。その戦果は恐るべきもので、確認されたものだけでも、戦車500両以上(戦車1個軍団相当)、800台以上の車両を撃破、戦艦1、駆逐艦2、航空機9機撃墜というものです。
 ドイツ全軍では唯一の「黄金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章」を授与され、陸軍元帥からは「一人で一個師団(1〜2万人)の価値がある」とも。
 そして敵国スターリンからは名指しで「ソ連人民最大の敵」と約1億円の懸賞金までかけられました。嘘のような本当の人・・・。

ハンス=ウルリッヒ・ルーデル 
戦争時には時としてこういう化け物みたいな人が現れます・・・。

■急降下爆撃という過ぎ去った産物

 現代において、ミサイルの登場や高度な照準システムの発展により、急降下爆撃機は事実上消滅しました。  
 Ju87スツーカは華々しいデビューを飾ったものの、終戦時には完全に旧式化し、多くの連合国機に撃墜される運命を辿りました。これはドイツの栄光と挫折の象徴として位置づけられると思います。

 第二次世界大戦の前哨戦ともいえるこのスペイン内乱ですが、急降下爆撃機のスツーカのサイレンは、まるで旧約聖書の「ジェリコのラッパ」のように、平和な生活の終焉を告げる象徴的な出来事でした。
 このラッパは、破滅の前触れとして歴史に刻まれ、私たちに深い教訓を与えています。願わくば、今後もこのジェリコのラッパが沈黙し続けることを心から望みます。

ピカソの描いた「ゲルニカ」スペイン内乱で爆撃されたゲルニカの様子を描いてます


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