ワンモア

もと航空エンジニア。宇都宮市に家族がおり、今は成田空港のそばに単身赴任中。飛行機や空の世界が大好きです。軍用機中心ですが、ヒコーキたちのエピソードをエッセイ風に紹介していきたいと思います。

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もと航空エンジニア。宇都宮市に家族がおり、今は成田空港のそばに単身赴任中。飛行機や空の世界が大好きです。軍用機中心ですが、ヒコーキたちのエピソードをエッセイ風に紹介していきたいと思います。

マガジン

  • 木製軍用機の物語

  • 双発戦闘機たちの物語

  • 救助に国境はない!ドイツ海難救助隊の物語

  • 偵察機たちの物語

    偵察機にまつわるエピソードを集めました。全6回の記事です。

最近の記事

猫まっしぐら、アメリカ海軍機の”キャット”シリーズ その2

 前回のアメリカ海軍機のグラマン”キャット”シリーズの続きです。 ◆F7Fタイガーキャット F7F タイガーキャットは、アメリカのグラマン社が開発し海軍が第二次世界大戦末期から戦後にかけて運用した双発の大型艦上戦闘機です。 愛称の「タイガーキャット(Tigercat)」はトラネコの意味だそうで。  制空任務のみならず地上攻撃任務や対艦攻撃任務も視野に入れられており、可能であれば雷撃能力を持つ事もできます。  この機体は実戦を経験することなく終戦を迎えました。1950年代に

    • 猫まっしぐら、アメリカ海軍機の”キャット”シリーズ〜その1

       今回は、アメリカ海軍機のグラマン”キャット”シリーズのお話を。  徹底した合理性と無骨なデザインは、燃費なんか度外視の昔のアメ車のようで、魅力的な機体も多いと思うのですが、日本とは真逆な豊富な資金力と工業技術が羨ましくもあり、悔しくもありというところでしょうか。 ◆F4Fワイルドキャット〜「零戦とは格闘戦をするな」で、やられキャラ的な扱い ワイルドキャットは、山猫、野良猫という意味ですが、人になつかないということから”意地悪女”という意味もあるそうで。初飛行は1937年。

      • 悪鬼を退治する鍾馗さま。日本の革新的戦闘機二式戦「鍾馗」

         今回は日本陸軍機の中でも異色中の異色の存在、二式戦闘機「鍾馗」のお話になります。 ◆格闘戦重視の呪縛から抜け出した革新的戦闘機 戦前の日本の航空機産業は、複葉機時代から生まれた格闘戦重視主義の思想が根強く浸透していました。  ひらりひらりと敵機の機銃攻撃をかわし、後ろに回り込んで撃墜する。どっちが相手の後ろに回るかという、いわばドックファイトですね。  なので、続々と開発される戦闘機もテストパイロットたちからすれば、いかに運動性能が優れているかという点を見られます。それは

        • 旅客機の寿命はどれくらい?古くなった機体はどういう運命を辿る?

           東南アジアや中東へ行くと、日本の中古車が商店名や会社名もそのままにバンバン走っている光景をよく見ますよね。外国人たちも日本語が読めませんので、「◯◯商店」とか、そのまんま車に書かれている日本語をむしろクールだと言って乗っているそうで・・・(^^)  まあ、廃車にされないで、どこかの国で大事に使われていると嬉しく感じます。  さて、飛行機の世界でも、そういう「使いまわされることはあるのか」ということですが、あるんです。今回はそんな話を。 ◆旅客機の寿命はどれくらい? 第二次

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        • 木製軍用機の物語
          4本
        • 双発戦闘機たちの物語
          6本
        • 救助に国境はない!ドイツ海難救助隊の物語
          5本
        • 偵察機たちの物語
          6本

        記事

          翼はどこに取り付ける?高翼・中翼・低翼の違いとは?

           今回は、翼と胴体の取り付け位置に関して、それぞれの特性とメリット・デメリットがありますのでご紹介。 ◆低翼機〜WWⅡの戦闘機や現在の旅客機に多いスタイル 第二次大戦時のレシプロ戦闘機に多いスタイルです。ほとんどがこのスタイルでした。低翼機になった主な理由ですが、主翼に降着装置が取り付けられることが多かったことによります。  中翼機だと、主脚が長くなるので重量がかさむことになり、構造上も不利なのです。元々水上機として開発された日本の「紫電」も地上用にする際に、中翼から低翼に

          翼はどこに取り付ける?高翼・中翼・低翼の違いとは?

          悪い親を見本にすると悪い子になる?「深山」の悲劇。日本にもあったB-29規模の大型機

           子供は親の後ろ姿を見て育ちますが、良い親も悪い親も、子供にとってはたった一つの親であり見本です。良くも悪くも多大な影響を与えてしまうものです。今回はそんなお話です。 ◆アメリカにバレていた?見本で購入した旅客機は失敗作だった。 第二次世界大戦前夜の1937年。日中戦争(支那事変)が始まった年、パナイ号事件(日本海軍機が間違えてアメリカのパナイ号を撃沈した事件)が起き、アメリカとの関係も険悪となってきました。  この当時、帝国海軍は、航続距離が格段に大きい大型四発の陸上攻撃

          悪い親を見本にすると悪い子になる?「深山」の悲劇。日本にもあったB-29規模の大型機

          バードストライクの深刻な問題。鳥と飛行機の安全。

          本題の前に小話をひとつ。 ◆バードストライクの深刻な問題 こんな小話があるくらい、鳥の衝撃(バードストライク)対策は重要な問題になっています。  特に離陸や着陸時など速度が比較的遅く、高度が低い時に起こりやすいのです。これは、いわば飛行機にとって一番緊張する時間。  たとえば日本だけでも年間1,500件以上のバードストライクが発生しています。これかなり多いですよね!欠航したり遅延する原因の一つにもなってます。  小鳥程度の大きさと重量でも、飛行機は時速何百キロメートルで移動

          バードストライクの深刻な問題。鳥と飛行機の安全。

          P-51マスタング誕生秘話〜A36アパッチ

          昭和世代の男性なら聞いたことはある、ゼロ戦、ハヤブサ、メッサーシュミット、グラマン、スピットファイアー。それにマンガの『紫電改のタカ』の紫電改。  そして、一番強いと言われて、賛否両論のあるムスタング(当時はマスタングとは言わない)といったところでしょうか。最優秀機と称されています。  そのP-51マスタングですが、実は戦闘機ではなく攻撃機としてデビューしていたのです。しかも違う形式番号で。今回はそんな話です。 ◆イギリスから他社製の戦闘機生産を依頼される アメリカの小さな

          P-51マスタング誕生秘話〜A36アパッチ

          レッドバロンと騎士道精神

           時は第一次大戦のヨーロッパ。深紅に染まる複葉機を駆って大空を華麗に舞った無敵の撃墜王がいました。彼の名はマンフレート・アルブレヒト・フォン・リヒトホーフェン(1892〜1918)。  中世の騎士道精神そのままに、栄光と名誉を賭けた戦いは、人々から「レッドバロン(赤い男爵)」と称賛され、今日に至るまで語り継がれています。彼の振る舞いは、敵味方問わず尊敬を受け、没後間もなく100年以上経っても彼の名声と影響力は残り続けています。  日本では、中古バイク車販売店の「レッドバロン」

          レッドバロンと騎士道精神

          「星の王子さま」とサン=テグジュペリ

           このNOTEでは、ヒコーキたちのエッセイが中心ですが、パイロットたちや技術者たちのエピソードも語っていきたいと思います。  今回は有名なパイロットの一人、「星の王子さま」の作家でもあった、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900年6月29日生 - 1944年7月31日没)の話を。 ◆作家としてのサン=テグジュペリ リヨンの貴族出身の彼は、飛行家としての経験を素材に、豊かな想像力と人間の本質を見極める観察眼で、詩情豊かな名作を世に出しました。 「夜間飛行」は、パイロッ

          「星の王子さま」とサン=テグジュペリ

          運命に翻弄されたP-63キングコブラ〜コブラの系譜その2

           第二次世界大戦中の戦闘機、ベル社のP-39エアラコブラとP-63キングコブラ。両者は胴体中央にエンジンを持つ特異な戦闘機でしたが、両者とも数奇な運命を辿ります。今回はこのコブラの名をもつヒコーキの話の続きです。 ◆コブラの執念が実る?P-39エアコブラの発展型、P-63キングコブラ 前回では高々度用試作機としては優秀な性能を発揮したにも関わらず、排気タービン機能を外されて、普通以下の戦闘機に成り下がってしまい、酷評の果てにイギリス→ソ連に出されたエアコブラでしたが、実の親

          運命に翻弄されたP-63キングコブラ〜コブラの系譜その2

          里子に出されて活躍できたP-39エアラコブラ〜コブラの系譜その1

           第二次世界大戦中の戦闘機、ベル社のP-39エアラコブラとP-63キングコブラ。両機はそのコブラの名に恥じない37mm砲という強力な毒牙を持つために生まれた戦闘機でしたが両者とも数奇な運命を辿ります。今回はこのコブラの名をもつヒコーキたちの話を。 ◆「自分たちがつくるものは敵も作るはずだ」という発想から生まれた飛行機 1930年代の後半の列強諸国では、高性能戦闘機が続々と生まれてきており、アメリカはちょっと出遅れておりました。  西洋諸国のBf109やスピットファイアなどに

          里子に出されて活躍できたP-39エアラコブラ〜コブラの系譜その1

          松下幸之助の軍用機「明星」 木製に戻った大戦機たち〜その4

           大戦中に活躍した木製軍用機たちの話の最終回になります。全金属製の時代に逆行するような木製機たちは、正にトライ&エラーの繰り返しでした。成功した国もあれば、運が良かった国、逆に不幸な国など様々でしたが、最終回は、あの有名な松下幸之助氏が手がけた木製軍用の話になります。 ◆白羽の矢が立った松下幸之助氏 すべての産業活動が軍需生産に動員される中で、松下幸之助氏の松下電器も、軍の要請で、否応にも航空機用の電装品の各種を製造するようになります。そして1943年。松下幸之助氏の会社は

          松下幸之助の軍用機「明星」 木製に戻った大戦機たち〜その4

          接着剤や加工の苦難。木製に戻った大戦機たち〜その3

           第二次大戦時は、金属資源が枯渇することを予想して各国で軍用機の木製化プロジェクトが行わていました(超資源大国アメリカは除く)。  イギリスではデ・ハビランド・モスキートという優秀な軍用機開発に成功し、かたやソ連では、性能が落ちても質より量という形で、様々なソ連機がドイツ機相手に奮闘していました。  ではドイツや日本ではどうだったのでしょうか。今回はその話をしていきます。 ◆フォッケウルフTa154の墜落!その原因は? ドイツ空軍は、1942年8月に新型夜間戦闘機の開発を航

          接着剤や加工の苦難。木製に戻った大戦機たち〜その3

          木製機の意外な活躍!木製に戻った大戦機たち〜その2

           最先端の技術の結晶である航空機。その材料も最新技術のジュラルミンやアルミニウムなどを使用していましたが、戦争が拡大化してゆくにつれ資源が枯渇していきます。  今回は、そういう物資不足を予想して大成功を収めた例と、もとから金属化に踏み切れないで、結局成功してしまった2つの例をお話します。 ◆成功例① 木製の奇跡!デ・ハビランド・モスキート 時は大戦前夜の1938年のイギリス。その頃の時代は、全金属製に移り変わっている時代で、木造や布張りの航空機は、重くて遅い、もはや時代遅れ

          木製機の意外な活躍!木製に戻った大戦機たち〜その2

          使える木材を探せ!木製に戻った大戦機たち〜その1

           戦争とは、人命、財政、資源等、その国家及び周辺の環境、全てのエネルギーを食いつくす化物のようなもの。  資源が乏しかった日本では、戦争の長期化に伴い、金属物資が不足してきます。家の鍋、釜、刀、銅像、お寺の鐘なども供出させられた話はよく聞きますね。  軍用機は多くの金属部品で出来ているため、戦局の悪い国は供給が絶たれたり、その資源不足に悩み始めます。今回は、せっかくの最新鋭の技術を取り入れた軍用機たちが物資不足で再び木製に戻らざる負えなくなる話です。  果たしてその目論見は成

          使える木材を探せ!木製に戻った大戦機たち〜その1