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音速を超えた男、チャック・イェーガー


 チャールズ・エルウッド・イェーガー (1923〜2020)

その一瞬静寂に包まれた。その時自分はもう死んだと感じたよ。」 〜初めて音速を超えた時のことを述懐して。

 チャック・イェーガー氏は「史上で初めて音速を突破した人物」として広く知られています(1947年10月14日)。厳密には「飛行機に搭乗し「水平飛行の状態」で、音速の壁を突破した世界で最初の人」ということになるのですが、少し事情があります。


 同氏が搭乗していた機体はベルX-1といって自力で離陸できない飛行機でした。そのため母機に吊り下げられて空気の薄い高度まで運ばれ、空中発射されて音速突破を目指したのです。このあたりについては、同氏を取り上げた作品としてよく知られた、1983年公開の映画『ライト・スタッフ』でも紹介されています。

ベルX-1

 つまり、イェーガー氏個人の偉業というよりは、新生アメリカ空軍が、その存在を国内外にアピールするために計画された事業のひとつとして、「音速突破」があり、そのパイロットに同氏が選ばれたということになります。時代時代に目標があるのですね。

 以前、カーチスNC-4という飛行艇を紹介しましたが、その時代は大西洋の横断が指標になっていたのと同じです。
→飛行艇時代の話〜カーチスNC-4

■実はイェーガー以前にも音速を超えた記録は存在していた

 実は、イェーガー氏の音速突破の前に、戦闘機が音速を超えた?という記録も存在します。第2次世界大戦直前のドイツで、ジェット試験機やロケット試験機が、こちらも急降下中に音速を突破したという記録が残っているのです。またアメリカ空軍の戦闘機が急降下中に達成したとかも。

 ただし、この当時、まだ音速を記録する速度計が完成していたわけではなかったので、公式に「音速突破」を記録したというものではありません。
 当時、ピトー管(大気圧と風圧を使って対気速度を計る装置)と速度計のシステムは音速より低い速度帯である「亜音速」でしか数値を表示することができなかったため、音速を突破した際に出る「衝撃波」を、その証明としたのでしょうか。

 イェーガーの記録も厳密には「飛行機に搭乗し"水平飛行の状態"で、音速の壁を突破した世界で最初の人」となっており、急降下で音速突破した場合と厳密に区別していますので、もしかすると急降下の音速突破はあったかもですね。

 ちなみにプロペラ機では音速突破は非常に困難と言われています。理由はプロペラの先端が先に音速突破してしまい、その衝撃波で大幅に推進力が低下するためです。音速突破ができたとしても効率的ではないという感じかも。

松本零士氏の「ザ・コクピット」2巻の「衝撃降下90度」では音速突破に挑む航空機が。

 その後、地上から飛び上がって水平飛行で音速突破飛行可能な機体として、アメリカ空軍センチュリーシリーズ、ソビエト連邦のMiG-19などが開発されました。

■イェーガー、奥さん大好きと呼び名が多すぎ問題

 なお、このときチャック・イェーガー氏が操縦していたX-1は、2020年現在、ワシントンD.C.にあるスミソニアン(アメリカ国立航空宇宙博物館)に展示されていますが、これには「グラマラス・グレニス」という愛称がついていました。

とても小さいコクピット

 同氏は以前から自分の機体の胴体に「グラマラス・グレン」と描いていました。グレンというのは女性の名前で、当時の同氏の恋人でした。彼女は音速突破の頃には結婚して「グラマラス・グレニス」になったという理由ですな。
 アメリカ軍人恋人大好き問題です。日本じゃ絶対無理。”魅力的な妙子”とか零戦の胴体に書いたら殺される・・・。

ちなみにイェーガー氏は他にも
整備士から准将までへ上り詰めた男
一日で5機のBf109を撃墜してエースになった男
世界初のジェット戦闘機Me262を撃墜した男”など
数々の呼び名も。
 うーん、すごいですねぇ。

P-51Dに描かれたグラマラス・グレン

 イェーガー氏は、マッハの壁を越えた後もアメリカ空軍で勤務し続け、数々の機体の開発に関わり、将軍になっています。1997年には、超音速突破50周年を記念し、同氏が好きな機体といわれるF-15Dで音速突破を再現しました。この時同氏74歳。

■男はロマンがあってこそ

 私の大好きな映画に「ライトスタッフ」という映画があります。 1983年のアメリカ映画なのですが、音速の壁を突破することを目的としたパイロットと、新たな宇宙飛行士を目指すパイロットたちの物語です。
 冒頭で、 夫が撃落し、殉職したことをその家に告げにいく喪服の初老の紳士が登場します。夢と死が隣り合わせの空の世界の現実を思い知らされます。

 バーベキューをしながら呑気に飛行の仕方を談笑しているパイロットの夫たちを見て、妻たちは「まったく男なんて!」「大きな子どもみたいなものよね」と呆れつつも、笑いあう奥様方。しかし中には、張り詰めていた糸が切れ、泣き崩れてしまう奥さんも・・・。
 いつ自分の夫が墜落死するかもしれないという不安を他所に、夢ばかりを追い続ける夫に呆れつつも、影で支え続ける妻たち。そして中には耐え切れなくなって別れる話も描かれています。

BBQでも飛行機大好きではしゃぐ男たち

 こういう視点は大事だと思います。でないと男はどこまでも突っ走ってしまいます。夢を追い続けるか、目の前の家族との幸せをとるのか。残酷な選択肢は必ず男にはつきまといます。
 かといって夢を捨てて家庭ばかりを見ている夢が無くなった男も、女性はつまらないらしいですし、両立のバランスは難しいものですね。

映画でチャック・イエーガー役のサム・シェパードの方が先に亡くなられてしまいましたね。御本人は2020年に97歳で亡くられました。チャック・イエーガー、少年の頃の夢と大事な家族も守り続けたまさに素晴らしいライト・スタッフだったと思います。
 せっかくなので次回はアメリカのエースパイロットたちを紹介していきます。

■イェーガーの語録

  • 「その飛行機が音より速く飛ぶかどうかなんてボク自身には関係なかった。ボクはテストパイロットとして、ただその飛行機を飛ばすように命じられ自分の義務を果たしただけだ!」

  • 「今まで自分が見てきた中で自分の仕事を楽しんでやっている人は、みんな仕事が出来る人でしたね。」


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