大きな成功体験は次のイノベーションの妨げになる？〜中島九七式戦闘機

2024年10月21日 19:55

　とある大きな成功体験は必要なイノベーションの妨げになる場合があります。今回はそんな話を。日本陸軍中島九七式戦闘機の物語です。

◆九六式艦戦よりも優れた空戦性能

　この九七式戦闘機(キ−27)は、日本陸軍初の全金属製低翼単葉戦闘機として、1937年(皇紀2597年)に制式採用された戦闘機です。
　旋回性能に非常に優れ、特に水平面での格闘戦を得意としました。同世代の戦闘機としては、メッサーシュミットBf109D型がいて、速度、上昇力などでBf109と遜色なく、旋回運動性能ではこれを凌駕したといわれています。
　操縦・安定性では当時の世界水準を超えるもので、現地部隊の評判も良く運用面でも大きな信頼をおかれていました。
　降着装置は引き込み式ではありませんが、これは中国大陸の不整地での運用を想定して、あえて固定脚にしています。

　この九七式戦の性能は、当時、海軍の堀越二郎(後の零戦の設計者)の設計した「九六式艦上戦闘機」よりも速度、上昇力、格闘性能の全てで勝り、海軍のパイロットたちから羨ましがられたといいます。
　実戦投入は1938年からで、日中戦争の中国空軍を圧倒し、続く1939年のソ連軍とのノモンハン事件などでも、I-153、I-16などでも空戦で大戦果を上げる活躍を残しました。

◆格闘戦の成功体験が、陸軍のその後の開発に大きな影響を与えることになる

　しかしながら、この空戦性能による大戦果が、陸軍首脳部やパイロットたちに強烈な成功体験として印象に残り、後の一式戦「隼」などの後継機開発に強い影響を与えることになるのでした。
　当時の陸軍は、欧州の情勢を十分に研究していて、将来的に高速度・重武装の重戦闘機をも開発しようとしていました。対戦闘機用の格闘性能重視の機体を軽戦闘機と称し、対爆撃機用の重戦闘機の2種類を開発しようとしてました。これは後の一式戦「隼」と二式「鍾馗」の採用へと繋がります。

　重戦の開発は、軍部も設計陣もお互いに経験がないので、比較的スムーズに開発が進むのですが、九七戦の後継機にあたる隼に関しては、旋回運動性能を武器に活躍した体験が仇となり開発が難航してしまいます。
　どうしても比べてしまうんですよね。隼の開発が遅れたのも、陸軍の上層部やパイロットたちが、格闘性能にこだわったからだと言われています。
　これは、海軍も同じで、零戦の初期の大活躍が、その後の後継機問題まで影響を及ぼしてしまいます。
　一度成功体験をしてしまうと、それに捕らわれて、逆に新たなイノベーションができなくなってしまう、よい例ではないでしょうか。職場でも多いですよね・・・・。

◆航空業界の有名人が集結していた開発陣

　この機体の設計陣営は後の航空機業界に功績を残した方々が集結していました。設計主任の小山悌技師(二式戦闘機「鍾馗」・四式戦闘機「疾風」の設計主務者)、太田稔技師(後のYS-11の設計に参加)、青木邦弘技師(「剣」開発者)、若手の糸川英夫技師(日本の宇宙開発・ロケット開発の父)などがいます。「ヒコーキの心」の書籍の著者として知られている佐貫亦男氏は、プロペラの設計に携わっています。錚々たるメンバーです。

◆最後は特攻機としての運命を

　一式戦「隼」が登場してからは、前線運用を退き、後方部隊に回され、訓練用の九七式練習戦闘機、二式高等練習機(エンジンはスペックダウンの510馬力)として活用されます。優れた操縦性や安定性が評価されてのことでした。
　最後は他の機体と同様に特攻機として駆りだされる運命になりました。
　しかし、特攻用の250kg爆弾は九七式戦にはかなりの負担を強いることになり、離陸からエンジン全開でいかねばならず、そのためエンジンが焼き付けを起こし故障が頻発、出撃不能や帰投が続出することになりました。結果敵に多くの特攻隊員を生かすことになったのは不幸中の幸いであったと思います。
　大刀洗平和記念館に現存する唯一の九七式戦も、過積載のため飛行中エンジン不調に陥り、博多湾に不時着水を余儀なくされた特攻機といわれています。
　陸軍機は一式戦から隼などの名称が与えられましたが、この軽やかに空に舞う運動性能に勝るこのヒコーキは「雲雀(ひばり)」の名が相応しいのでは？とのコメントは、佐貫亦男氏ですが賛成です。

参考文献:佐貫亦男著『続々ヒコーキの心』他