ロシア旅行の思い出話【1】
はじめに
大学時代に、ロシアのエカテリンブルクという街まで旅をした思い出があります。エカテリンブルクは、ロシアのウラル地方に属する街で、日本からは約6,000Km離れています。とっても平凡な街でした。
旅のきっかけは単純でした。当時の僕は、ロシア語を第2外国語に専攻していたのですが、エカテリンブルクは、お世話になっていたエレーナ先生の出身地でした。生まれ故郷を魅力的に語る先生に感化され、僕もぜひ行ってみたいという気持ちになったのです。特に印象的だったのが、「ロシア文学の世界のような街が見れる」という先生の言葉でした。
初めてのロシア訪問は、決して充実した旅行とはなりませんでしたが、新参者の僕にとっては、恐れ多いほどの貴重な経験となりました。以来、ロシアへは時折足を運んでいます。今回、その中でも一番印象に残っている「エカテリブルクへの旅」について書いてみることにしました。物語風に仕上げましたので、参考にしていただければと思います。
エカテリンブルクへ向けて
遂にモスクワのシェレメチエボ空港に到着した。
10時間にも及ぶ長い旅路であった。
現在の時刻は21時。これから入国審査へと向かう。搭乗客は意外と多い。だが、半分以上が日本人ではないだろうか? なんと言うか、まともな乗客ばかりではなさそうだ。特に男性客にはクセがありそうだ。
以前に本で読んだことがある。外パブ務めのロシア人女性を追いかけてロシアに渡るスケベな貢ぎ屋さんがたくさんいると。多分、今回の乗客はそのような輩ばかりだと思う。彼らはヘラヘラしているだけでなく、独特な雰囲気を醸し出しているので、すぐに判別がつく。
早速、入国審査官に足止めされている日本人男性を発見した。年齢は、30代半ばあたりに見える。不自然なニット帽を被り、チャラチャラとしている奴だった。青のジーンズに、Tシャツ1枚の姿は非常に滑稽だった。どんなに暖かい秋とは言え、手荷物無しのみすぼらしい格好はナメているようにしか見えない。パブ嬢にでも会いに来たのだろうか? おそらく強制送還だろう。
試しにチラリとゲートの向こうに目を向けると、案の定、ロシア人女性たちが待ち構えていた。日本からの大切なお客様をお出迎えするのである。腹の出たオッサンと若すぎる女性のハーモーニー。どうにかならないものだろうか? 違和感があり過ぎる。
入国審査の手続きはスムーズに通過することができた。審査官に、最終目的地を質問されたが、「エカテリンブルク」とだけ返答しておいた。これからバックパックを回収して、手配しておいたタクシー運転手の待つ空港1階へと急がなくてはならない。エカテリブルク行きの国内線は、別の空港より出発する。とにかく、移動しなくてはならない。
総合窓口で確認をすると、ドライバーの到着が少しだけ遅れているとの説明を受けた。少しだけ焦りを覚えたが、待つ以外に手段はない。すると、間も無くして日本人男性が窓口へやって来た。同乗していた方だと思われる。彼はバウチャーを取り出し、列車の切符を受け取ったようである。
「サンクトペテルブルクまで列車で向かう予定なんです。向こうに友人が住んでいるんですよ。これから会いに行って・・・です」と男性。
会話の最後はよく聞き取れなかった。大きな声で、タクシーの運転手に声を掛けられたためである。男性との会話を楽しんだ僕を急かすように、ドライバーは停車してある車を指差して見せた。僕は「良い旅を!」と彼に軽く別れの挨拶をして、タクシーに乗り込んだ。そう、僕はまだ旅の道中。
別の空港に到着するまで、30分程度要したのではないだろうか? とにかく、長く感じた。車の中での会話は全くなかった。一方、僕は色々と物思いに耽っていた。
空港の風情を楽しむ余裕なんてなかったな。
どうやって出口まで来たんだっけ?
あれこれと迷っていたのかな?
そう言えば、誰かの後をついて行った。
タクシーを降りる際、僕は運転手にチップを渡した。10ドル札である。ドル紙幣しか持ち合わせはなかったが、相応しい振る舞いであったのかは分からない。ただ、運転手には快く受けってもらえた。
さて、こちらの空港は、まるで戦時下の避難所のような荒れ具合。泥酔した男たちがビール瓶を片手に喧嘩をしている。すぐに警備員につまみ出された。いかにも旧共産圏らしい光景。また、多くの利用客の表情には活気が感じられない。空港内は、薄汚い格好で床に座り込む者や、雑魚寝をする者たちで溢れかえっていた。
僕は搭乗ゲート前まで足を進め、そこで待機した。電光掲示板を確認したところ、エカテリンブルク行きの便はあと1時間で出発する。どうやら日本人は僕だけらしい。どんよりとした雰囲気は、搭乗を目前にしても変化はない。僕は誰とも会話することなく待ち続けた。とは言え、日本とは随分と異なる光景には感激させられた自分。
国内線の乗客は、僕を含めて僅か。恐らく、各々があちこちへ飛んで行ったのだと思われる。ロシアは広い、と改めて感じた。フライトは3時間の予定だが、ガタつく機体に不安を感じた。窓を覗いても外は真っ暗で何も見えないし、機内も薄暗く調整されている。僕の隣には老婆が座っていたが、ブツブツと独り言を唱え、不気味で仕方がなかった。僕は一眠りすることに。
やがて飛行機は、目覚と同時にタイミングよくエカテリンブルク(コルツォヴォ空港)に到着した。座席のテーブルにはサンドウィッチがそっと置かれてあった。僕は機内食の配布に気づかぬほど熟睡していたことになる。
やはり今回も空港の出口まで急ぎ足。人の気配のしないゲート抜けるのは生まれて初めて。無理もない。時計の針は既に深夜1時を指していたのだ。果たしてタクシードライバーは僕を待っていてくれるのだろうか? 僕は無心でひたすらに走った。最後のゲートには、もはや管理者の姿はなかった。
「おーい、日本の方ですか? ワンセントさんですよね? 探していましたよ」
遠くには、大きく揺れる青いタオルが見えた。若い男性が僕を待っていた。手配していたドライバーである。彼は「ブルーのサインを目印に出してほしい」との約束を守ってくれたのだ。僕は彼にお礼を伝えた。後はホテルまで送ってもらえばいい。