夕方の華
げっ‼︎何?
「よ!お疲れさん‼︎」
いきなり現れた黒い大男。いきなり目の前に現れた時は、ビビったが、顔の傷を見ると平島孝介(ひらしま こうすけ)だと分かり、少しほっとした。
背は高いのは、明らかに分かっていたけど、やっぱり180㎝、いや、それよりもうちょっと高そうな人が、急に目の前に現れると無意識に構えてしまう。
顔と声で、華男だと分かったが、それ以外は、「どうしたの!」と言えるくらい、格好が変わっていた。
上は真っ黒の無地のカッターシャツ。
またボタンを何個か外しているのと腕まくりで、華やかな刺青がチラホラ見える。しかも、首には金のネックレス、腕には何となくブランドのような金のゴツい腕時計。
下は、黒だけど前に履いていたものより、光沢がある。レザーなのか?
革靴も黒の革靴でこれまた金のおしゃれな金具がついている。
爆発していた黒の短髪は、オールバックほどではないけど、綺麗にまとめて、おでこを出していた。おでこから鼻にかけての傷と右頬から顎の傷は目立つが。
明らかに地味ではないファッション。
俗に言うチャラ男、ホスト、もしくはヤクザ、、、。とにかく私がイメージするような『夜の男』のような格好。
「いやさ。あれから俺も、二度寝して、朝飯食って。そんで、一旦、自分家のアパートに帰ったのよ。風呂で綺麗になったのに、やっぱ、2日も同じ服着ていたらまずいかなぁと。あ、意外と大上さんと俺ん家近いのが分かってさ。歩いて60分。ほいで、着替えして、車で迎えに来たってわけ。」
暫し、再びこの華男が出現したからか、それとも、この派手な格好を見たからなのか。唖然とする私。
「昨日、あんまり眠れなかっただろ。朝も早かったし。乗りな。」
送ってくれるの?助かったー。
いやいや、でも良いのか。こんな男の車に乗って。下手したら、拉致されるのでは?
あれこれと迷ったが、ええい、こうなったら、
「近くでいいからね。」
男がドアを開けてくれた助手席に、勢いよく乗り込んだ。
車内は全部黒づくめで、大きなカーナビがある。それよりも、ムアっと煙草の匂いが、すぐに鼻に入ってきた。
「すまん、すまん。一応この車、俺のだけど、組織から借りているっていう形だし。仕事で他の連中も乗せる時もあって、煙草吸う奴らが多くてさ。」
男は、カーナビのタッチパネルを操作して、私のアパートに設定する。
「平島さんも、煙草吸うの?」
「あー、前は結構吸ってた。でも、今は吸ってない。」
ふーん。と思いつつ、どう見ても、その風貌から、スパスパと吸うイメージもするが、、、
車が走り出して、道路に出る。
「車だと、大上さんのアパートからここ早く着くんだな。約15分。大上さん、免許持ってないの?」
「持ってる。でも、ペーパー歴が長いの。それに、免許取っても、車高いから買ってないし。」
「あっ、そうなんだ。ふーん。」
ペーパードライバーであることは、私のコンプレックスの1つである。でも、今住んでいる所は、バスの便は結構あるし、大体、車を持ったら、いろいろとお金がかかる。
あまり触れてほしくなかったことに少し腹を立てている私の横で、呑気な感じで片手運転する男。やっぱり「カタギ」ではない雰囲気が、出会った頃からムンムンする。
赤信号で止まった時、男がおもむろに、私の目の前に腕を伸ばした。
黄色とピンクの薔薇、それらを取り巻く棘がついた深緑の蔓、さらによく見ると薄桃色の桜の花びらが腕に散っていた。
桜の花びら、、、
私は、一瞬、なぜか懐かしい気持ちになった。なんで?
目の前の、ダッシュボードが開く。
「大上さん、昨日、『証拠みせなさいよ。』って言ってただろう。一応、身元証明できるもの持ってきた。偽造ではないし、今まで警察や空港、銀行とかに見せても何のトラブルも起こってない。あっ、それから、俺、財布は持たない派。いつも札は、直にポケット入れてる。今までスラれたことあったけど、ちゃあんと取り返したんだから。一昨日も何万か札持ってたんだけど、スーパーで買い過ぎたから、小銭しか残らんくて、、、、。」
男がベラベラ話す間、私はダッシュボードの中にある、運転免許証やら、保険証やらパスポート、マイナンバーカードなんやらを一通り見た。
ひとまず保険証は仕事でよく見るお馴染み『国保』扱い。マイナンバーカードも変な感じがしない。
私自身、警察官ではないので、これらが本物か偽物かは分からない。ただ、どの証明写真にも、真正面に向いた男の顔は、眉を顰めて、カッと目を見開いて、口を紡いで、『ガン飛ばす』表情。
こっちの方が、よほど衝撃的だ。
ダッシュボードの中には、ブラックカバーをつけたスマホと、銀のライター。いやジッポがあった。
「ああ、それね。香港マフィアのリーダーからもらった。そこのマフィアの人たち、昔っから代々続く歴史あるグループでさ。イカつい奴らばっかりだったけど、麻薬とか人事売買とか、変なことしない組織で。まあー、スパイで成りすまして入った時は、日本人だし、こんな面だし、『可愛がって』はくれたけど、、、でも、まあマシな奴らだったよ。グループの一部が、料理店で、別のマフィアグループからやられているのを助けた時、敵が俺の顔に向かって、もろに中華包丁を投げてきてさ。
あっ、この頬の傷、そん時に受けたやつ。んで、リーダーからお礼に、これくれたんだ。」
武勇伝を語る華男だか、私の中でまだまだ疑いは晴れない。
純銀なのか?キラリと渋く光るジッポ。これで、煙草に火をつけて吸う姿、確かに様になるだろうな。チラリと私は、片手運転する男の横顔を見て、そう思った。
おでこをだしているから、顔だちがはっきりしていることは、横顔からも分かる。どちらかと言うと、濃いソース顔で、さらに一言で言えば、イケメンであることは間違いない。
鼻の傷や、私が助手席に座っているから見えないけど、右頬の傷はさておき、この顔とこの高身長であれば、モデルでも俳優でも、なんでもできそうなぐらいの容姿。
まあ、モテるんだろうなー、、、私は全然、興味ないけど、、、
勝手なこと思っている間に、車は私のアパートに近づいてきた。
「もう、ここで良い。ありがとうございます。助かった。」
「んー、いいのか?じゃあ、あそこに停めるからさ。まだ待ってて。」
男は停車しても問題ない、広い所に車を寄せて停めた。
「そーいや、さ。大上さんって、下の名前ってなんて言うの?名札じゃ、苗字しか分からんかったから。」
シートベルトを外していた時、急に質問された。
「え、、、ああ。百華(ももか)。」
「ももか?あー、果物の桃とかお花?」
「違う‼︎「もも」は数字の「百」に、「か」は「豪華」の「華」‼︎」
「あっそうなんだー。」
名前のことになると、ついムキになってしまう私。あまり好きではない名前だけど、どうしても漢字だけは間違えてほしくない。そんな矛盾した気持ちが、頭のどこかにある。
車から降りた時、男は運転席で妙に心配そうな顔している。
「本当に、ここで良いのか?まだ、アパートから少し距離あるし。アンタ、病院出てきた時、フラフラしてたけど。」
「ここで大丈夫。まだ、歩けるし。ありがとう。」
これ以上一緒にいたら、また、なあなあになって、アパートまで着いてこられそうになる。
なんかいろんなモヤモヤ感は晴れないけど、でも、この男とは、ここでケリをつけよう。
私は、一礼した。
「平島さん、心配してくれてありがとうございました。平島さんも、風邪とか引かないように。お大事になさってください。」
男は、照れなのか、いつものように頭をボリボリかく。
「お、おおう。いや、こっちこそ、いろいろ助けてくれてありがとう。んじゃあな。」
ドアを閉めると、車が動き出した。
私もすぐにアパートに向かったが、急にまた、車の方に振り返る。
運転席から、窓を開けて、華ばなの腕がこちらに向かってバイバイしていた。
本当に変な男。
そう思いながら、私は再び、アパートに向かって歩き始めた。