華との語らい。再び
ふと、私は目が覚めた。
あの男に抱きしめられて、変な気分になって、何時間寝たんだろう。
腕時計を見ると午後5時過ぎ。
そもそも、ここ、どこ?私は横になったまま、見たことないコンクリートの壁や天井の照明を見渡した。
少し身体を起こす。幸い怪我はないみたいだけど、起き上がるのに身体が重たい。
気付くと、私はオフィス用の茶色い革のソファに横になっていた。目の前には、ガラスのテーブル。
他には、キッチンと2つの扉。灰色のデスクと、簡易ベット。シルバーのスーツケース。それに、5、6個積み上げられた薄茶色の木箱。物干しには、黒いスーツやズボン、それに見たことあるボルドーのカッターシャツもあった。
どう見渡しても、私の部屋と似た1LDKのような部屋。直感的に、あの華男の部屋だと分かった。
何となく、如何にも『裏のある』男の隠れ家的な部屋。昔、映画やドラマでそんな感じの部屋は見たことあった。
私は立ち上がって、コンクリート剥き出しの素っ気ない部屋を見渡し、カーテンのない窓から外を眺めた。
そんなに高くないビルなのか、歩道や周りの建物も、私の住む所と何だか似ていて、普通の雰囲気。
もう一つのドアを見ると、シャワーとトイレの部屋。
もう一つのドアは玄関。私のスニーカーと、茶色の革靴や黒い革靴、さらに分厚そうな黒いブーツ。
玄関のドアノブを触ると鍵はかかっていなかった。今すぐ逃げよう。でないと、絶対に命はない。
そう言い聞かせて逃げようとしたけど、ふとデスクに目が止まった。
灰色のデスクに、もう一つ鈍く輝くものが私の目に飛び込む。
銃、、、。
ドラマや映画で見たことあるけど、本物なのかな?
恐る恐る、近づいて見てみる。銃口や取手から、明らかにおもちゃではない感じがする。私の手よりも大きい鉄の銃。やっぱり、あいつのものなのかな?
ってか、呑気にこんなもの見ている暇ない‼︎早く逃げろ、私‼︎
咄嗟に思ったその時、玄関のドアが開き、華男が戻ってきてしまった。
しまった、やってしまった。
「あっ、目が覚めたんだ。よく眠れた?」
何が嬉しいのか分からないコイツ。いつものように笑って、私に近づいてくる。
ボトルを2本を手にして。
「悪りい。お茶とかコーヒーとか、なかったから、下の自販機で買ったんだけど、水と紅茶、どっちが、、、、。」
「い、いや、、、こっち来ないで‼︎。」
私は、無意識に後退りしていたら、自分の太ももをデスクにガチャンとぶつけてしまった。
痛い、、、。でも、、、逃げないと。
「お、おい‼︎大丈夫か?結構大きな音したけど。」
「だから近寄らないでよ‼︎。」
大きい華男が近づいてくる。どうしよう、また襲われる。ふと後ろを振り返ってみると、あの銃。
どうする?でも、、、。
すぐさま銃を手に取った。思っていた以上に重たい。
「あ、、、それ、片付けてなかったやつだ。すまん。でもそれ、弾入ってねぇよ。」
え、、、、。男の言葉が嘘なのか、それでも、良い。とりあえず、この引き金を引けばなんか音が出るだろう。
そう思い、引き金を引こうとしたが、堅い。くそ、、、なんで、、、、
「大上さん、落ち着けって。まあ、俺が悪かったから、、、。」
「来ないでよ‼︎本当に‼︎この人殺し‼︎。」
これぐらい大声を出したら、きっと隣の誰かが気付いてくれる。
でも、なんか辺りはシーンとしたまま。
気付くと、私はまた泣いていた。
もう、、、何でこうなるんだろ。
泣いて、そのまましゃがみこんでしまった私と、それを見ている平島。頭をかきながら、物干しにかけてある白いタオルを持ってきた。顔は顰めっ面をして、私に近づく。
それで私の首を絞めるの?
「ごめん。ったくもう、また泣くなって。ほら、、、。」
急に大きな体が、しゃがんだと思ったら、平島はそのまま、タオルで涙と鼻水でびしょびしょになった私の顔を拭く。
「何もしねぇし、安心して。まあ、急にあんなことして、落ち着けってのも無理か。」
強い力でゴシゴシと、私の顔を拭いてタオルを渡す平島。
ニッコリと笑い、私が持っていた銃を離し、デスクに置く。
「大丈夫か?立てれる?」
私は、黙ったまま頷いて、そのまま立ち上がった。平島の誘導で、再びソファに戻る。
「これとこれ、どっちが良い?」
差し出された天然水とロイヤルミルクティーのボトル。
飲む気分ではなかったけど、ロイヤルミルクティーに手が伸びた。
平島はまた笑い、ソファに座った私と向かい合い胡座座りをした。渡されたタオルで何とか鼻水が止まる。
平島は、私の目の前でいきなり頭を下げた。
「怖い思いさせて、本当にすみませんでした。大上さん。」
まるで、ボスに詫びる子分みたい。
「いい、、、大丈夫。」
「こんな形で、話すつもりは毛頭なかった。でも、俺のこと、信じてくれるの、大上さんだけだって感じたし。なるべく普通に話したかったんだけど、、、。命を奪ったり、襲ったりは絶対にしないから、そこは信じてください。」
妙に丁寧に言う男に違和感を感じる。
「平嶋さん、、、って、本当に誰なの?」
私の問いに、また平島は、頭をかく。
「いや、、、あの水曜の晩に話したことが本当なんだけどなぁ。まっ、仕方ないか。大上さんなら、、、大丈夫かな、、、。」
急に立ち上がり、
「悪りい。びっくりするかもしれんが。まあ、見て。」
っと言うや否や、平島はシャツをバッと脱いだ。
へっ‼︎、、、は?また?
現れたのは、先日見た見事な華々。正面は、あの真紅の薔薇から、白百合、向日葵やキキョウ、桜、両腕の色とりどりの蔓薔薇、桜の花弁、、、
少し微笑んだ平島は、くるっと1回転して、背中を私に向けた。
薄桃色の桜の花びらが背中を舞う中で、左肩の方の肩には、薔薇とは違う大きな赤い花、、、椿なのか?
それと対照的に右肩には、真っ黄色の菊のような花が描かれている。右の腰には、もう1つまた大きな赤い花。薔薇でも椿でもない、見たことない華。
それらに負けじと目立つのが、もう片方の腰に描かれている黒い花。これだけ、鮮やかな色の中で、黒い花は流石に目立つ。形は、正面の白百合に似ているけど、、、黒百合?
そう思っているうちに、黒い花が次第に薄くなっていったかと思うと、背中の刺青がみるみると消えていく、、、、
「気持ち悪かったら言えな。」
平島が言うと、身体中の刺青が消えていた。私の目の前の背中は、痛々しい、いやそれ以上の、無数の切り傷や、銃弾みたいなもので肉が食い込まれた傷、ケロイドが目に飛び込んだ。
黙ったまま、平島はまだくるっと回って、正面を向いた。
平然とした顔の2つの傷はそのままだったけど、首からお腹にかけて、「惨たらしい」としか言いようがないほどの、切り傷、ケロイドが目に入る。特に、あの真っ赤な薔薇の刺青があった胸には、ざっくりと切られた切り傷と、どんな銃で撃たれたのか分からないほどの大きな跡がある。
筋肉ムキムキは、そのままだったけど、いくらなんでも、この肌は酷い。
「どうしたの、、、。それ、、、。」
「いやさ、これが、俺のもう一つの身体。俺、皮膚の状態を変えられることができてさ。極道とかマフィアとかに成りすます時は、さっきの刺青になるけど。一般人に紛れ込む時は、こんな今までの戦いで残った皮膚に変える。ま、カメレオンみたいなもんかな。」
酷い身体でも、いつものあっけらかんとした口調で話す平島。そのまま胡座座りして、話し続ける。
「俺、生まれてから、本当にいろいろと実験体に使われてさ。なんか、今思えば拷問に似たようなこともされたし。いろんな薬、てか、毒かな?そんなものも飲まされたりして。んでも、そのおかげで、ある程度の毒とか病原体、ウィルスには、抵抗力があるのよ。あー、でも前みたいに、酷く疲れていたら、あんな風に風邪みたいなの引くけど。それから、、俺の身体の汗、ある程度の催眠や催涙の成分を含んでいるんだ。それで、敵に抵抗できる。
さっき、大上さんを落ち着かそうとして抱いたのも、俺の身体から出たもの。
あっ、でも、勘違いしないでほしいけど、大上さんを泣かそうとはしないかったんだからね。絶対に。」
ただただ、何も、言えない。身体のこと、これまでのこと。頭中がパニック。
だが、何とか、はっきりと1つのことは分かった。
この人の言う通り、この人は普通じゃあないんだ。
「分かった。平島さんのこと、信じる。」
私の言葉に、パァッと笑顔になるこの華、いや、今は惨い身体の男。
「本当?ありがとう‼︎しゃっ‼︎良かったわー。」
胡座座りを崩して、平気で笑う。
「でも、何であなたみたいな人が、私の跡をつけるんですか?」
私のもう一つの疑問に、平島は「あー」と言う顔で、正座に座り直す。
「ま、これも今まで話したことの繰り返しになるけど。俺が働いている組織のお偉いさん達が、どうしたら日本社会の犯罪が無くなるのか、とかいろいろ議論して。俺が産まれた大学病院と手を組んで、なんか人間の身体とか精神とかいろいろ研究しててさ。
俺は使われる方だし、もともと頭は悪いからよく知らねえけど。人間が犯罪犯すのってやっぱり、『怒り』とか『嫉妬』とか、いろいろ、元からあるもんからきているってことが分かって。そりゃ、強盗とか戦争の元になる、貧困や差別とかは、政府のお偉いさん達が何とか頑張ってもらうしかないけど。
研究所のお偉いさん達は、少しでも、人間の暴力性を抑えるような方法を、今も、他の造られた頭のいい奴らと一緒に研究しているみたいでさ、、、。」
スラスラと話して、平島は、おもむろに、天然水のボトルに手を伸ばして、ごくりと水を飲む。
「んで。ほら、よくテレビで『ストレス』とか言うじゃん。それを少しでも軽くする方法がいろいろあるんじゃないかと。綺麗なもん見たり、いい曲聞いたりとか。簡単に言えば、『ストレス発散法』みたいなもの、今でも研究中なのよ。ちなみに、俺もいろいろと実験体で使われたけど、、、。」
だから、それで、私と何の関係があるの?早く結論を聞きたいが、私はまだ黙っていた。
「いや、、、それでさ、、、こんな形でお願いしたら、悪いんだけど、、、。大上さん、、、アロマだっけ?香りやら匂いやら、詳しそうだし。俺に協力してくれない?」
は?
「いやー。研究所でも、なんか人の精神をコントロールさせる香りだの匂いだのなんか研究しているみたいでさ。
ほら、なんか花の匂いとか、美味そうな飯の匂いしたら、なんか、気分が変わるだろ?そんな感じで、俺も、始末屋みたいな仕事の傍、少しでも、人間が持つ嫌な感情を抑えられるものがないか調査中でさ、、、。」
簡潔に言えば、私も一緒に、『ストレス発散』になるような、香りか匂いを探してくれってこと?
「あの火曜の日に嗅いだ、心がホッとするいい香り。いや、匂いなのかなぁ?あんないいものがあったら、少しでも、なんかに役に立つんだけどなぁ、、、っと。」
ボリボリと頭をかいた平島は急に、姿勢を変えて、私の目の前で土下座する。
「大上さん‼︎お願いします。俺に協力してください‼︎」
いきなりの土下座とお願い。普通なら、『そんな、やめてください。顔を上げてください。』とか、言えばいいのだろうけど。
「平島さん、、、、。」
意を決して口を開いた。
「ごめんなさい。悪いけど私、そんなの無理。香りとか、きっと研究者の人達の方が、絶対に詳しいし。そもそも、政府とか組織とか、そんな社会を守るような大それたこと、私なんか、できるわけないし。それに、アロマも、私の個人的な趣味で、、、。」
「いや‼︎絶対に、絶対に、大上さんには迷惑かけない。確かに政府とか研究所とか、でっかい組織だけど。でも、大上さんのような一般人には、怖い目に遭わせないから。」
平島が顔を上げた。黒と焦茶の色違いの目が私を捉えている。今までで、なんか真剣な顔つき。
いやいや、あなたに会ってから私、すごい目にあっているんだけど、、、、。
「もしもだけど、大上さんになんかあったら、俺が命懸けで、全力で守る‼︎俺強いし‼︎。」
よく漫画のキャラクターがやるような握り拳をギュッと私の目の前で見せる。
どうしよう、これ以上、この男と関わると、もっと大変な目に合うんじゃないか、、、
そんな不安が、私の頭の中で犇めく。
「それに、大上さん。俺が香りの話したたら、すっげえ真剣に探そうとしてくれたじゃん。香りを教えてくれる大上さん、何かカッケええ、、、。じゃねぇか、素敵だなぁと本気で思ったし、、、。」
確かに、『心がホッとする香り』私も気になる。
そもそも、私が、アロマテラピーに興味持ち始めたのも、ずっと昔。子どもの時に、どこかですごくいい香りに出会ったことがきっかけであった。
あの香り。一体何なんだろう。平島の言う香りと、もしかしたら、同じなのかな、、、いや、、でも、、、、
少し考えた。平島は、さっきからずーっと真剣な顔で私を見ている。
ええい、こうなったら、
「仮にもし、私が、あなたに協力するとしたら、私は何すれば良いの?
もし、あなたみたいに、実験体になれって言うなら、私、絶対にヤダ。」
「いやいや‼︎そんなこと頼まないし、ってかさせないって。俺に香りとか、アロマテラピーとかそんなの教えてほしいだけなんだ。」
「はあ⁉︎そんな、、、。それだったら、本とかネットとかで沢山調べられるでしょ‼︎まして、研究所と知り合いなら、そこで教えてもらえばいいじゃん‼︎」
「いやぁ〜。そうなんだろうけど。研究所のお偉いさんに教えてもらっても、ちんぷんかんぷんだし。組織の連中に聞いても、大上さんと同じように、『自分で調べろや‼︎』って言われるし。ってか、俺、力には自信あるけど、頭悪くって。本やネットの活字を見ても、頭がパンクしちゃうのよ。」
なんていう人だろう、、、。呆れてしまい、また、私はいろいろ考えた。
「私、アロマは個人的な趣味だし、人に教えたことも全くないんだけど。でも、それでも、良かったら、、、。」
「協力してくるの‼しゃあ‼︎ありがとう‼︎恩にきるよ。」
パぁと輝いたように、平島は目を見開いて、笑顔になる。
「待って。でも、その前に約束して。本当に、これから先、私や私の身の回りでなんかあったら、すぐにあなたとは縁切るから。」
「大丈夫‼︎大上さんの生活を邪魔するようなことはしないし、さっきも言ったけど、大上さんには、本当に怖い目を合わせることは絶対にしないし、させない‼︎」
「それから、もう一つ、急に私の目の前に現れたりしないで。私の部屋とか職場にも。本当にビビるから。」
「分かった‼︎職場に向かう時は、スマホで連絡するし、部屋入る時は、ドアのチャイム鳴らして入ります‼︎」
「って、何、アンタ⁉︎結局、私の部屋にこれから来るの⁉︎」
「あ、、、今まで、何の手土産もなかったから、今度、茶菓子持ってきます‼︎」
「だから、そうじゃあなくって‼︎」
思わず口に出たツッコミに、平島が意地悪く笑う。
「とりあえず、私が言ったこと、絶対に約束して。」
「へい‼︎、、、じゃねえ。はい‼︎、この命かけて、大上さんとの約束守らせて頂きます。もしも、少しでも破ったら、エンコ詰めます‼︎」
もう、、、、極道じゃあないんだからさぁ、、、
はぁと、ため息をつく。気付くと、真っ暗ではないけど、既に外が陽が沈んでいたのが、窓から分かった。
「あっ、やべぇ。もう、7時過ぎてる。遅くなってごめんね。大上さん‼︎ウチまで送るわ。」
そう言って立ち上がった平島。私が見上げた途端、みるみる男の身体から、最初に見た華々が浮き出てくる。薔薇、白百合、向日葵、キキョウ、桜、蔓薔薇、菊、それから黒百合のような華、、、
本当に、この男の身体から咲いたように全身の華が見事に咲き誇った。
「立てれる?車出すから、ちょっと待ってて。」
何気なく、平島は、黒のカッターシャツを瞬時に着ると、玄関に向かった。