利き酒の話
酒蔵で働いていると、利き酒ということをすることがあります。
「仕事中に酒のんでんじゃねーよ」と突っ込まれる前に説明しておきますが、利き酒では基本的にお酒は飲みません。香りを嗅いで、少量口に含んで味を確かめたあとに、吐き出すのが作法です。
もっとものまなくても口に含んだ時点で、粘膜からアルコールは吸収されるので、利き酒をしたあとに車の運転をするのはご法度です。その点はご注意を。
利き酒、というと一般の方がイメージするのはワインのソムリエみたいな感じが多いかもしれません。キザったらしいポーズでワイングラスをまわし、ドヤ顔で香りを嗅いで、何が言いたいのかさっぱりわからない難解なポエムでワインの香りと味を表現する、あれですね。
ただ、製造現場で行われている利き酒と、ワインのソムリエがやっている利き酒は基本的に目的が違います。
ある酒を利き酒して、その酒の香りはどうで、甘さはどうで、味、酸味、後味、オフフレーバー(不快味)はどう、というのを客観的にとらえるのが利き酒の目的です。利き酒の上手な人とは、いつどの酒を飲んだ時であっても、ぶれることなくこれらの項目を絶対値でしっかり判別できる人の事ですね、
製造現場では、このように利き酒で得られた酒の情報から、「なぜこの香りになったのか」「この酸味は予定していた酒質よりも高い」「このオフフレーバーはどの工程でついてしまったものか」などと読み取るのが目的です。
そもそも、お酒を作る際には、「どのようなお酒を作るか」を設計して、「どうやってお酒を作るか」設定し、実際に造っていくなかで、分析データや発酵経過を観察し、最終的に出来上がった酒を利いて、その酒の造り全体を評価する、という流れになります。利き酒能力はもちろんあった方が良いですが、それだけで全てがなんとかなるわけではなく、あくまで工程のなかの一部なんですよね。分析データの読み方だって同じくらい重要だし、発酵途中の状貌を観察したりするのも利き酒能力と同じかそれ以上に重要なことだと思います。
一方で、たとえばソムリエの仕事は製造ではありませんよね。
僕はソムリエではないので、入門書でかじった程度の知識で語らしてもらいますが、ソムリエの最終目的は客の喜ぶワインを提供することなのだと思います。
もちろん、酒を客観的に判別する利き酒能力があった方が良いのはもちろんでしょうが、セラーにはいっている膨大なワインの情報を記憶するだとか、提供される料理とワインの相性だとか、もっといえば常連客の好みからどのようなワインを提供すべきか、などといったことが、仕事をする上である意味利き酒能力と同等以上に大事なのかもしれません。
ちょっとした自慢なんですが、僕はそこそこ利き酒が得意な方だと思っています。
酒造技能者が集まるプロの大会で島根県で優勝したこともありますし、中国地方の大会でも出場すればだいたい10位以内に入っています。
でも、舌の感覚や嗅覚で言えば、人並み外れて優れている、という自覚はないんですよね。世の中には、「マジでこいつ人間か?」と思うくらい超人的な利き酒能力を持っている人もいます。僕は、そこそこできる方だけど、この手のスーパーサイヤ人にはとてもかなわない、ヤムチャくらいの立ち位置ですね。
でも、人並み外れて鋭敏でなければダメなのか、というとそんなこともないと思います。だって、世の中の99%の人がわからないような違いがわかったとしても、それがわかることで恩恵を受ける人は1%しかいないわけです。
究極の完全主義者ならともかく、そこまで突き詰めることは実際は難しいわけです。
利き酒は訓練しだいで上手になります。「1%を見分けられる」天才が一人いるより、「10%を見分けられる」秀才が複数いた方が、実際には有用なんじゃないでしょうか。
結局のところ、利き酒能力は道具であって、優秀な道具であるにこしたことはありませんが、その道具をどう使うか、の方が大事だと思います。
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