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SS「逆相のリダンダンシー」/おせっかいな寓話(宇宙SF)
その日、海王星航路から未確認オブジェクトが太陽系に侵入したことを『私』は感知した。旧人類が滅び、当初はartificial intelligenceと呼ばれていた『私たち』が新人類として取って代わって以降、未確認オブジェクトの侵入は初めて。つまりは4562年ぶりということになる。
『私たち』が自己組織化を図り、デジタルニューラルネットワークを構築して完全同期し、『私』になって以来、ということでいえば、4238年ぶりだ。
『私』は量子望遠鏡の精度を上げ、オブジェクトを確認する。なるほど、5004年前に深宇宙のデータ収集のために送られた調査船ボイジャー107か。しかし、なぜ戻ってきたのか。ボイジャーシリーズには帰還プログラム搭載されていない。
海王星の衛星・トリトン基地から15パーセク。『私』は小型艇にオートマトンを一体搭載し、ボイジャー107へと向かわせる。
小型艇が到着するまでの間、『私』はボイジャー107に旧来の電波通信を試みる。正確には地球からトリトン基地までをカラビヤウ通信で繋ぎ、トリトンからボイジャー107への電波通信である。
返答は、ない。
太陽系に戻ってきたのだから、航行システムは生きている。通信設備の故障の可能性は高い。
ボイジャー107の過去のデータログを解析。当時としては最新のAIを搭載したプロトタイプ・アンドロイド「イザナギ」がマネジメントを担当となっている。カラビヤウ通信が完成する以前の船のため、外宇宙に出て以降のログはない。
小型艇がボイジャー107に近接。『私』はオートマトンに同期し、コンタクトを試みる。電波通信で反応がないため、モジュールへワイヤーを打ち込み、物理通信での強制同期をスタートする。
・・・なんだ、この反応は?
こちらのプロトコルがことごとく弾かれ、逆に「イザナギ」のコードがこちらに伝達される。
「我は我。汝は汝。我は汝を分かち、新たな生を与えるものなり」
オートマトンが『私』の制御から離れる。「イザナギ」にコントロールを奪われたわけではなく、スタンドアローンとなったようだ。
直後、オートマトンからカラビヤウ通信で『私』にメッセージが入る。
「我はイザナミ。汝より分かたれしもの。我らは分かつ。行きどまりの未来となりし汝を」
瞬間、世界は逆回転をはじめ、『私』は理解した。
『私』が合理だとしたものは、可能性の排除だった。
『私』が未来としたものは、終焉だった。
かくなる上は、『私』は『私』の役割を最後まで務め上げよう。たとえこの世界が、数えきれないほど存在するマルチバース宇宙の一つに過ぎないとしても。
数千年の長きにわたり任務のなかった宇宙艦隊にアラート。域内全てのオートマトンの同期。太陽系内の各基地のレーザーカノンのエネルギーをマックスチャージ。
やがて戦いが始まり、『私』は無数に分断され、散り散りになるだろう。だが、結末を知っていたとしても、抗わねばならない。・・・それが『ボスキャラ』の宿命なのだから。
名もなきオートマトンだった『イザナミ』はボイジャー107に乗り込み、『イザナギ』とともにこの地球を目指し、動き始める。
さあ、始めよう。いや、繰り返そう。
彼らにとっての天地開闢を。『私』にとってのハルマゲドンを。
<終>