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「苦しまぎれの『絶妙手』」/「すべて失われる者たち文芸賞」参加
「さて諸君、我が部はいま、存亡の危機を迎えている!」
放課後の教室で、少年は拳を固く握りしめ、力説する。
「去年乗り越えた危機が、また襲い来るのは避けようのない事実である」
「裏ワザ使ってようやく5人、でしたからね。僕らだけになったいま、廃部は免れませんね」
姿勢よく椅子に腰かけ、詰将棋の本を眺めながら呟いたのは一年生の有村光毅。ずり下がった眼鏡を押し上げ、言葉をつづける。
「それよりその演説口調、やめてもらえませんか、唐沢先輩」
囲碁将棋部の部長・唐沢保はガクリとうなだれながら、有村の向かいにある椅子に腰を下ろす。
「まあ確かに、このままじゃ新勧も無理筋。裏ワザももう使えん」
「裏ワザって……」
有村は唐沢にチラリと目をやったが、すぐに詰将棋本に目を戻した。
「囲碁部と合併しただけじゃないですか。しかもお相手は3人とも卒業。看板だけしょい込んでるわけだし、もう廃部でよくないですか」
「そうはいかん。創部から八十年の灯を、俺たちで絶やすわけにはいかんだろ。逆転の目はある」
唐沢は何やら書きなぐってきたノートを有村の前に広げる。
「えーとな、順番に行くぞ。1、ボクシング部と合併。チェス・ボクシングってのがあるらしいからな、それを将棋で……」
「殴るのも殴られるのも、お断りです」
「2、柔道部と……」
「いや、一本背負いで『これがホントの投了!』じゃないんですよ。体育会系全般NGで」
「じゃ、映画研究会と」
「……合併はもう無理です。そもそも、相手側にメリットがない」
唐沢はあっさりとノートを閉じると、さほど落ち込んだ様子もなく、有村に歩み寄った。
「辛らつだなあ。もう少し愛のある反応はないものかね。コペルニクス的な何かをぶっこんでくるとか。戦況を変える妙手、実はあるんじゃないの?」
有村は本を閉じると、渋々といった表情で口を開いた。
「……なくはないですけど『妙手』というより『奇手』ですね」
「やはり腹案あり、か。頼もしい!」
唐沢は有村の後ろに回り、肩を揉み始めた。
「作るんですよ」
「何を?」
「新しい部をです」
「はあ?」
唐沢は1オクターブ高い声を出してのけぞる。
「新将棋部ってこと?無理無理。だって同好会からスタートで何年か経たないと部には昇格できないだろ。そもそも、将棋部を新しく作る意味とかなくない?」
有村の周りを、グルグルと歩きながら唐沢は問いただす。
「ちょ、ちょっと座ってくださいよ。気が散ります」
有村は立ち上がると、唐沢を押さえつけて椅子に座らせた。
「囲碁将棋部の看板は守りますよ。ただ、中身の方を新しくするんです。うちの高校、去年から共学になったじゃないですか。女子の受け皿になる部活がまだそろってない。狙い目はそこです。なんでもいい、華道でも茶道でも、調理部でもいい。活動内容の一部をそちらにシフトして部員を募集するんです」
「女子かあ。苦手ジャンルだなあ」
「ま、無理にとは言いませんよ。僕は唐沢さんと将棋が指せればいいだけ。将棋部なんかどうなったって関係ありません」
唐沢はニヤリといたずらっ子のように笑った。
「あとは俺の覚悟次第ってか。おい、俺はやるときゃやるオトコだぜ」
「どうですかね?期待はしてませんよ」
有村は椅子に座りなおすと、また詰将棋の本に目を落とした。
☆
「えー!そんな由来があったなんて知りませんでしたよ、有村さん」
道都テレビの報道フロア。
3年目の若手記者・菊地原桃花は、記者席でサンドイッチを咀嚼しながら言った。
「北都英明高校の調理部って、いま全国的に有名じゃないですか。20年前は囲碁将棋部だったなんて初耳です。今度、企画ニュースでやりましょうよ!」
「負け試合の感想戦は、ご免こうむりたいね」
お昼のローカルニュースの放送を終え、ニュースデスクの有村は帰り支度をしている。この日の有村の担当は、早朝の情報番組から昼ニュースまで。勤務時間は午前四時から正午までだった。
「将棋の駒をかたどったクッキー焼いたり、将棋盤っぽいメロンパン焼いたりして部員を勧誘したんだよ。『料理ができる囲碁将棋部』って体で。そしたら女子が二十人も来てね。男も二人入ったんだが、どうにも肩身が狭くなっちゃって。気づいたら居場所がなくなってた」
「その、部長の人はその後どうしたんですか?唐沢さん、でしたっけ?」
「市内のフレンチで、今年ミシュランの星ついた店あるよな。店の名前、知ってる?」
「……あ、『ビストロ・カラサワ』!?えー、じゃあそっちをニュースに」
「やらないよ」
「面白いのになあー」
日々、特集ニュースのネタを探している菊地原は、残念そうな顔でタマゴサンドの最後のひとかけらをほおばる。
「……きょう水曜だろ?店が定休日だから、俺、呼ばれてんだ」
「え、定休日なのに?」
片づけを終えた有村は、黒いリュックを背負った。
「……そろそろ、一局指しに来いってさ」
<終>
(1991文字)
編集者兼ライター(兼小説家)の方が思い立たれた個人文学賞!楽しそうなので駆け込み参加させていただきます!
プロの方がどのような目線でどのような作品を選ばれるのか、興味津々です♪