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「カラビ=ヤウゲート 深淵の悪魔」/第十九話
【AM11:50】
「この作戦の最終目的は『下柳さんの救出』です」
紅林はオンライン会議に参加しているメンバー全員に言った。
「生中継カメラで下柳さんを認知外の世界から、こちらに引き戻す。それを見せることができれば、『怪異』としての情報を多くの人間と共有することにもなる。・・・もっとも下柳さんの安否は不明ですが、それでも」
「やりましょう!」
「やるしかない!」
と森林と清原がほぼ同時に叫ぶ。
「一番負担がかかるのは恋河原だ。下柳さんの力で『次元の破れ目』を監視しつつ、俺を見つけ出したのと同じようなことをもう一度やってもらわなきゃならない。できるか?」
恋河原はゆっくりと目をつぶり、一度深呼吸をした後で答える。
「・・・きっとできると思う。いまは私の中に下柳さんの記憶の一部があるから」
紅林はPC上の堀川の顔に目を移す。
「堀川先輩の役割も重要ですよ」
「わーかってる!私はね、本番に強いタイプなんだ。やたらと強いぞ!」
【PM06:38】
「はい、『クロノスの会』という団体の本部ビル前に来ています」
恋河原がテレビの生中継でしゃべり始めた。
「きょうは、さきほどVTRでもお話を伺った北都大学の堀川准教授にお越しいただいています。よろしくお願いします」
「・・・」
「・・・せ、先生?」
「・・・こ、こんばんは、ほ、堀川です」
「堀川先生には、ですね、あの、学生さんのことをお話していただきますね」
明らかに緊張している堀川を、恋河原は慌てながらフォローする。
「あ、先生、あの窓、後ろの建物のあの窓、人影が見えませんか?」
「え?よく見えないな」
「いや、そうじゃなくて。いえ、そうじゃなくてじゃなくてですね」
言っている間に建物2階の窓が開き、長身の男性らしき姿が見え始める。
「誰か―、助けてくれー!悪魔が、悪魔がー!」
「叫び声が聞こえますよね、先生!?」
「お、おお、あれはき、いやうちの学生じゃないか。これは大変だ」
「いきましょう!」
恋河原は堀川の背を押しながら、建物に近づく。入り口には森林が待ち構えている。
「なんだ、あなたたちは!うちにはやましいことは何もない。嘘だというなら中に入って自分の目で確認すればいい」
「では、失礼します。いきましょう、先生!」
北都テレビの副調整室では、小さな混乱が起き始めていた。
「水沢さん!」
OA宅に座るディレクターが、台本原稿をめくりながら振り返る。
「どうします?これ、予定と全然変わっちゃってますけど」
「なんだって?そんなはずは・・・」
「中継予定、あと30秒です」
タイムキーパーが叫び、ディレクターは水沢の指示を待つ。
画面内の恋河原と堀川は、カメラクルーを引き連れ、下柳が姿を消したという2階の応接室に近づいている。
足りない。残り30秒では間に合わない。
ディレクターのそばで慌ただしく原稿を確認する水沢の耳元で、紅林は水沢にしか聞こえないような音量でつぶやく。
「水沢、4年前の貸し、今返してもらうぞ」
「え?」
「幸村議員の収賄ネタ、お前が握りつぶしただろ。音源持ってるぞ」
「な、おま」
紅林は水沢の手から原稿をすっ、と奪い取るとその場の全員に聞こえるように、かつできるだけ穏やかに言い放った。
「中継はこのまま続行する。現場で動きがあるんだ、視聴率にも必ず跳ね返る。天気予報をクッション扱いにしてそれ以外の項目は飛ばす。CM2と3はその前後につける。天気枠を1分として残り時間を計算してほしい」
副調整室に一瞬、気まずい沈黙が流れる。
「・・・と、水沢副編集長が言っている」
その場の全員が、紅林の傍らに立つ水沢を見つめる。
「・・・聞いた通りだ」
水沢は肩を落とし息を吐くと、部屋のはじに置いてあった椅子に腰かける。
「わ、わかりました」
とタイムキーパーは時間計算をはじめ、ディレクターは黙ってOA宅に戻る。
「中継連絡で現場に伝えてほしい。ズームはするな。・・・と水沢副編集長が言っていると」
生中継の現場の中で、恋河原美穂は集中していた。
なんとか段取りは整いつつある。あとは、消えた下柳さんを見つけ出すことさえできれば。移動の際に堀川を置き去りにしてしまったが、待っている余裕はない。応接室のドアノブに手をかける。
「さきほど、男性が身を乗り出して叫んでいた窓があちらです。この部屋はなんでしょうか。開けますね」
一度深呼吸をして、扉を開くと中に突入する。
「あらあらなんですか、いきなり。もしかして、テレビなの?」
恋河原とカメラクルーは、絶句してその場に立ち尽くした。
その部屋のソファに座り一行を出迎えたのは、下柳美佳子だった。
<続く>