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『マチ中華』のサンタ/「絵から小説 クリスマステロ」参加作品

僕はクリスマスが嫌いだ。

街を歩けば目につく赤と緑のカラーリング。浮ついたカップルの、これみよがしな笑顔。『幸せ』という記号にまぶされた世界が、憂鬱で憂鬱でたまらないのだ。

そんな僕にとってのクリスマスの安全地帯。それが、近所の中華料理店『北京亭』だ。のれんをくぐったとたんに鼻をくすぐるゴマ油の香り。その油のせいでちょっぴりヌルヌルする床。色褪せた壁のお品書き。今年もあの店に行きさえすれば、きょうこの日、12月24日のブルーな気分を吹き飛ばしてくれるだろう。

・・・そう信じて疑わなかったのだが・・・。

「聖誕快楽(ションダンクヮイルー)!」

のれんをくぐった僕を出迎えたのは大将の調子っぱずれな野太い声だった。ギョッとして、声も出せぬままカウンターの向こうに目をやると、そこには真っ赤なサンタ帽をかぶった、髭面の大将の姿。なんだ?完全に目が据わっているじゃないか。

厨房の暑さには耐えかねるのか、上半身こそ白いTシャツ姿で腰に白いエプロンをつけているが、その下にはしっかりと赤いズボンを着用している。

「ど、どうしたの、大将!?」

「当店自慢のサンラータンメンならぬ『サンタラーメン』、いかがっしょうかー?」

「・・・サンタ、ラーメン・・・?」

「ピーマンの代わりにすっぱいタクワンを使った細切り肉炒め、『サンタクロースー』もいかがっしょうかー?」

「なに?怖い怖い、なんなの?何が起きてるの?」

パニックに陥りながら見渡せば、店内に客の姿はない。おそらく皆、同じように衝撃を受けて、反射的に踵を返しているのだろう。

「・・・孫娘のキヨセがよ・・・」

うなだれながら大将がつぶやく。

「キヨセ・・・あ、お孫さん、キヨセちゃんっていうんだ」

「おじいちゃんのお店でもクリスマスをやってくれないと、わたしのところにサンタさんがこないかもしれないって、泣きやがるのよ・・・」

大将は苦渋の表情で両のこぶしを固く握りしめている。孫への愛情と、料理人としてのプライド。葛藤の末の決断だったのだろう。

「・・・そんなわけがあったんだ」

「きょうは、きょうだけは、商売度外視の一日なんでね。わかったら、何にも言わねえで帰ってくんな」

店の奥には大きなクリスマスツリー。色とりどりのライトがチカチカと点滅している。その下には笑顔の少女の写真。この子がキヨセちゃんか。

ぼくはカウンター席に腰を下ろす。

「えーっと、『サンタクロースー』ひとつ。あとビールね。『サンタラーメン』は締めでもらおうかな」

大将はしばし、意味が解らないような顔をしていたが、やがて眼に生気が戻った。

「・・・あいよ、『サンタクロースー』いっちょう!」

マチの浮ついたクリスマスには虫唾が走る僕ではあるが、この店のクリスマスは嫌いじゃない。

「大将、最初に言ってた言葉、あれなに?」

「おう聖誕快楽(ションダンクヮイルー)、中国語の『メリークリスマス』よ!なんせここはマチ中華だからな。ほい、ビールお待ち!」

手酌でビールをコップに注ぎながら、僕はキヨセちゃんの写真に心の中で語りかけた。

(君のまわりにはきっと、天使が集まってくるよ。おじいちゃんみたいな優しい人たちがね。そしてきっと君の願いを叶えてくれる)

「ションダンクヮイルー!」

そう言って僕は、コップのビールを飲みほした。カウンターの向こうのサンタクロースは、満足げにうなづいた。


<終>

清世展覧会2022の盛会をお祈りしております!


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