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どこかの海
トイカメラの楽しさは日付と位置情報の無さ、にある。もちろん日付を設定できるトイカメラもあるけれど、電池を交換すると日付が初期設定に戻ってしまい、そのままになっていることが多い。だから後日に画像データを見返しても、いつどこで撮ったか分からない写真が何百枚も出てくる。やけに親しげな三人の違う女性が同じ日の画像データ集に出てくる、なんてこともある。
海の写真である。おそらく主な被写体は今の妻だろう。乳児を抱いているから二〇一九年あたりか。波が荒く、厚着をしているから晩秋から冬、あるいは初春にかけての浜だ。でもどこの浜かは覚えていない。渥美半島から御前崎までのどこかの浜だとは思う。でも日付が分からないから何も確証はない。
撮ったのがいつでもどこの浜でも別にいいのだと思う。いつか、どこかの浜へ家族で行った。そして乳児に産まれてはじめて海を見せた。穏やかな海ではなく、剥き出しの荒々しい海を。茫漠たる不安とともに私は片手でトイカメラのシャッターを押した。被写体の背は無言、何も答えてくれない。
さざんかの散るたび海は広がって静かな夜の裾を湿らす 甲太郎