しらはまあきら
2017年に小脳梗塞で倒れ、頭に違和感を感じながら再就職。 仕事自体が上手くいかない。上手くいかない理由が分からない。 厄介な高次脳機能障害の生きにくさを不定期でアップ!!
仕事は出来ている・・・ような気がする。 一日の仕事を終え、家に帰りその日の仕事を嫁さんに話して(その話が本当に正確な話だったのかは今となっては知る由もない)、満足して眠りに就く。 翌日、また1時間早めに出勤して、カプチーノのラージを注文して絵を描いたりポメラ(デジタルメモ)で文章を書いたりして時間を潰し、時間が来たらゆっくり杖を突いて出社した。 再就職した最初の頃、私は順調に作業が出来ていると思い込んでいた。しかし、何日もしないうちに自分の異常に気付き始めた。
現実で起こることはバーチャルでも起こる 私が再就職した会社では、パソコンのイラストレーターで図面を起こす仕事をやっていた。 具体的には、野外の現場で野帳にスケッチしてきた遺跡の地層や出土品の手書きの図面を、パソコンのイラストレーターで印刷用の図面に清書するという仕事だ。 数はとても多かったが、図面の1つ1つは小さなものが多かったので、私は慣れてくるとかなりのスピードで仕上げていくことが出来た。本社からも『君、図面を仕上げるのが物凄く早いんだって?』と様子を見に来て
再就職を目指して 退院して再就職することになった。 この再就職に至るまで、寝耳に水の解雇通告やら失業保険やらハローワークやら・・・書き始めたら、中編小説が出来上がるくらいのボリュームがあるのでこれも割愛させてもらう。というわけで、再就職の話から始める。 高次脳気機能障害に気付けない!? 再就職が決まった時、私の心と言うか頭の中が最高潮に荒んでいた頃なので、これから会社に入って・・・また社会に出て、どうなるんだろう?という疑問に全く答えが出せなかったというのが正直
退院 治療中にあれこれ面白いことが沢山あったが、そこは丸っと省略して3月14日に退院となる。 余談になるが、2月14日のバレンタインデーに小脳梗塞で倒れ、3月14日のホワイトデーに退院したことになる・・・何の意味もないけど何となく暗号めいてて面白かったが、ただそれだけのことだ! 私が退院するこの時点で、私は自分が《高次脳機能障害》だとは全く知らない。 というよりは、高次脳機能障害という単語自体を知らないで退院することになった。倒れてから普通の外の世界で実際に生活を
実際のところ、小脳梗塞を起こしてから入院にこぎつけるまでに4日間もかかってしまった。実はこの部分がとても面白いのだが、面白い事を書き続けていたらいつまで経っても『高次脳機能障害』の事を書くことが出来なくなりそうなので、少々割愛したい。 この入院までと治療の過程は、卒中を起こして緊急事態になった時に参考になることが幾つか含まれていると思うので、機会を見付けて書ければと思う。 とりあえず、軽く入院までの経過を書く。 MRIを撮って、その診断は、 「ちっちゃな脳梗塞はいく
高次脳機能障害の話をする前に・・・ 私が高次脳機能障害になるに至ったアレコレ少しだけ・・・というか、思い切り話したいと思う。 本題(高次脳機能障害)に入る前に、多少回数を重ねることになると思うが暫くの間お付き合いの程お願いしたい。 バレンタインデーに倒れちゃった。残念!! 私は2017年2月14日の未明、右の椎骨動脈乖離が原因の右小脳の脳梗塞になり倒れた。 もちろん2月14日はバレンタインデーなので、私はいろんなものを膨らませて、帰りはポケットをチョコでパンパンにして
高次脳機能障害ってあなたの周りに結構たくさんいる。 初めまして! 私は2017年に小脳梗塞で倒れ緊急入院した。 当時担当の医師からは『小脳は脳の過疎地だから後遺症は残りません』と言われた。それが、診断ミスとかいうつもりはない。多分古いというか、神経内科的にはそういうのが常識なんだろう。 でも、私は退院して再就職をしたら、何をやっても上手くいかない。 PCで作業していたのだが、任された仕事を取り合えず出来ていくのだが、不要なフォルダが何層も何層も出来てしまい、その中には完