Blissful Time ~1粒栗のマロンパイ~
1から始まる名を持つケーキ
一匹狼の子守唄
一期一会の交差点
1から始まる言葉が私に与えたインスピレーション。
1から始まる言葉は、なんとなく、ほの寂しい気がしていた。
4月上旬の休日。
夫が買ってきたYATSUDOKIのスイーツ。
こどものゲンコツみたいな
初めて作ったおにぎりみたいな
そっと両手で包むように持ちたくなるような
1粒栗のマロンパイ。
春の時分に秋の味覚。
過ぎ去りし季節から取り残された1粒栗。
やはり1から始まるものはほの寂しい、と思いながら
そっといただく。
秋から初夏の物語
真ん中で切って中を確認…というおしゃれなことはせず、
かぶりつく。
即座に出迎える大きな栗。
栗がそっと鎮座するのは味わいのあるマロンクリーム。
今は春なのに、ぐいっと秋に引き込まれる。
取り残されたのではない、誘っているのだと
気づいた時には魅了され始めている。
甘くなりがちお酒の風味をつけがちな甘露煮やクリームだけど
覗く栗たちは驚くほど自然。
このパイの祠は、素直な栗の優しさと慈愛で満たされている。
日本の栗本来のほっくりとした優しさを求め
二口目をいただくと
今度は懐かしさが加わってくる。
天井のグレーズの仕業だ。
冬になるとグレーズの掛かったパンがおいしい。
ベタつきが減って、甘さのコントラストが楽しめる。
そして、噛み締めたパイの間から香る発酵バターが
すこしふくよかで豊かな広がりを持たせてくれる。
冬の日向ぼっこの気分。
そして、三口目。
驚くことに、グッと爽やかな風が吹く。
優しくて暖かい気持ちに溺れさせず、
栗が重なると生まれる独特の疲れを
サラッと拾い上げて鼻から心地よく抜けてくれる。
あんずジャムの使い方がうまい。
ガラッと陽射しの角度を変え、初夏へと誘う。
マロンクリームがジャムの余韻と寄り添って絡まり
まるで木漏れ日のうたた寝のような心地良さ。
栗の魅力をぐるっと立体的に楽しませてくれる、そんなパイである。
あえて秋ではない時期にいただく悦び
旬のものは旬にいただく。
食の素晴らしさの真髄だと思っていた。
けれど、このパイは、敢えて桜が咲く前の春に食べて欲しい。
日本の季節の情緒、各々に眠る温かい感覚に、
食べた後にボリュームだけでない恍惚とした満足感をくれる。
そして、秋が楽しみになる。