あなたがいれば……
台所でその時が来るのをじっと待つ。
油揚げとお豆腐とねぎのおみおつけは、沸騰寸前のところで火を止めて。
鮭の切り身は「その時」が来る頃に焼きあがるよう調整済み。
冷蔵庫に常に顔をそろえる、高菜やきゅうりのお香々は小皿に盛ってある。
お箸もお茶も、準備はばっちり。
「まだかなまだかな…」
炊飯器のタイマーを見ながら数字が7から6に変わるのを確認する。
「あと6分ちょい」
つぶやきながら今日の職場での会議の一コマが頭をよぎる。
今日も大変だった。何が、と具体的に思い浮かべるのも大変なくらいに。まだ転職して半年が経つか経たないかくらいなのに。
涙が出るくらい悲しいとか、明日行きたくないと思うくらい辛い、とかじゃない。
でも一日の間にたくさん脱力したり、慣れない気の使い方をしたりすると、人は消耗する。
そんなことを考えて、気が付くと炊飯器の湯気は最骨頂を迎えていた。
もうそろそろだ。
もう少しすれば、アパートのドアの外から聞きなれた足音も聞こえるはず。
1分前。大変大変!スタンバイしなければ。
おみおつけをよそい、パリッと焼けて油がじゅうじゅうしている鮭を細長いお皿に。副菜も忘れずに並べる。
音の気配が近づいてくる。ピピー、ピピー、ピピー。濡らしたおしゃもじでさっくり切って、お釜の肌についてるご飯を返して。ほかほかをお茶わんにたっぷりと。
「だめ!まてない!」
食卓に運んだお箸ではない、鮭や副菜を取り分けたお箸で、左手に持った熱々のお茶わんのご飯をかっ込む。
口の中はやけどしそう。お米と湯気を一緒に食べて、あつすぎてちょっと涙が出てくる。せっかく用意したおかずやおみおつけまで我慢ができず、台所で白米を立ち食いする。
2杯目をゆっくりよそう。今度はちゃんと用意したお箸で。まだ湯気がたっているおみおつけや焼き魚、ごはんの永遠のお供であるきゅうりのお香々をおかずに、ちゃんと手を合わせて
「いただきます」
アパートの外から階段の音がする。お隣さんが帰ってきた音。上の人のテレビの音も聞こえてきた。すずむしと何かの虫の声もする。
おかずとご飯をかっ込んで、白米を追加。おみおつけをいただいて、白米追加。何を食べようか悩んで、とりあえず白米をぱくり。
まだまだご飯はあつい。次に何のおかずをたべようか、明日は仕事で何をしなきゃいけないか、寝る前にすることは……。たくさん考えなきゃいけないけれど、
「今はこの世に炊き立てご飯があるだけで」
私は幸せなのです。
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