篤があつしに変わるまで 7 『ついに完成!』
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ボクは、どうしても素直には喜べなかった。
「いや、もうテストはパスしたと思ってください。本が完成すれば、それで合格!」
確かに福島社長はそう言った。
テストに合格したのだ。
そう遠くない将来、ボクの本が全国の書店に並ぶのだ。
本来なら、こんなに嬉しい話はない。
しかし、素人考えだが、原稿に一瞥もくれずに、しかもなんの実績もない、どこの馬の骨ともわからない「大村篤」という人間に、そう簡単に本を書かせていいものなのか。
もし自分が出版社の人間なら、そんなリスキーなことは絶対にしないであろう。
おかしな話だが、この頃のボクは、自分のことよりも福島社長の身を案じ始めていた。
しかし、なんとも釈然としない気持ちの中で、とりあえず執筆を進めるうちに、ボクの中からそうした不安や懸念、また他人の身を案ずる余裕はしだいになくなっていく。
気が付いたら、来る日も来る日も、12時間もの時間を執筆に費やしていた。
そして、ここがボクが楽天家たるゆえんだが、自分の原稿に酔いしれ、福島社長の言うとおり、当然その原稿が書籍として世に出ることを信じて疑わなくなっていった。いや、ベストセラーになるとすら思っていた。
すでにソフトの受注開発に興味を失っていたこともあって、舞い込んでくるソフト開発の依頼もすべて断り、とにかく執筆三昧。
今でもそのときの自分の集中力に驚かされるが、ものの2ヶ月で原稿を完成させてしまった。
友人には、
「来年早々には俺の本が出るから買ってよ。サインするからさぁ~」
なんて戯言を言いふらす始末。
「お前、騙されてるんじゃないの?」
「本が出るって・・・。自費出版でしょ?」
友人は、誰一人としてまともに取り合おうとしなかったが、とにもかくにも原稿は完成したのだ。
<今に見ていろ。あとは、この原稿を福島社長が本にしてくれるのさ>
時は、世間がWindows95ブーム一色に染まっていた1995年11月の終わり。原稿が完成したことを嬉々としてボクから伝えられた福島社長は、受話器の向こうで答えた。
「あ、そう。それなら・・・。うん、年内に少し動いてみようかな」
<ん? 微妙にではあるが、どこか迷惑そうな受け答えだな・・・>
一瞬、そう感じたが、「きっとお忙しいのだろう」と解釈することで、頭をもたげかけた釈然としない気持ちもすぐに吹き飛んだ。
「では、その原稿を送ってください。それから、これから少し動きますので、まずは30万円を弊社の指定口座に振りこんでいただけますか」
「え! 30万円!?」