篤があつしに変わるまで 6 『噛み合わない会話』
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今でも曜日は覚えている。木曜日だ。
30ページの中途半端な原稿を速達で送ったのが月曜日。もちろん、翌日火曜日には品川出版に届いているはず。せっかちなボクは、よほど火曜日の夕方に電話で結果を聞こうと思ったが、さすがにまだ目を通していないだろう、と思って我慢した。
そして、翌日夕方に、はやる気持ちを抑えながら電話したのだが、女性アルバイトが福島社長の外出と翌日の在社をボクに告げてくれた。
そのときに、原稿が届いていることは、念の為にその女性アルバイトに確認を取ったが、まだ未開封であることを知らされたときにはさすがに大きな不安が頭をよぎり始めた。
<やはり、出版社の社長ともあろう人が、そうやすやすと原稿に目を通してはくれないのではないか>
そんな不安を拭い去ることができないまま、翌日の木曜日に、ボクは意を決して再び受話器を取ったのだ。
「え、もうできちゃったの?」
「あ、本当だ。確かにこちらに届いてますね」
「んー、どうしようかな。これ、確かエクセルのマクロだよね。となると、まずはあそこかなー」
「んー。エクセルだよねー、これ・・・」
おっと。また福島社長お得意のひとり言なのか質問なのかわからない、微妙な言い回しが始まったぞ。
しかし、今回は言っている意味がさっぱりわからない。僕の原稿が「完成」したことを残念がっているようにも聞こえる。
いや、それよりも、「あそこ」ってなんだ?
ひょっとして印刷所かな?
え!
となると、内容も読まずにボクはテストに合格?
ちょ、ちょっとそれはまずい。
ボクの原稿は「未完成」だ。
「売上入力」の半分も書いていない。
いや、待て。
そもそも書いたのはたったの30ページ。
それを印刷所に持ち込んで本にしてしまうのか?
さすがにそれはマズい。
こうなると、ボクも聞き返さざるを得なくなった。
「あのー。お渡しした原稿は未完成なんですが」
「え? 未完成なの?」
途端に、福島社長の声が弾んだのがわかる。
「それはまずいよ。それじゃあ持って行けないよ」
「いえ。しかし、仮に別のパート、たとえば『売上入力』を『入金入力』に差し替えて30ページ完成させたところで、それは全体の一部に過ぎません。素人考えですが、本全体が完成しなければ印刷所には持って行けないんじゃないでしょうか?」
「んー、そうだ。じゃあ、こうしよう。いっそのこと、本全体を完成させてよ。時間をかけてもいいから、じっくりといいものを書いてよ」
「でも、全体を書き上げてから合否発表では、私も仕事がありますし、リスクが大きすぎると思うんですが。最悪の場合、数ヶ月を棒に振ることになりかねません」
「いや、もうテストはパスしたと思ってください。本が完成すれば、それで合格!」
実は、この会話、まったく歯車がかみ合っていない。
福島社長がボクの原稿を持っていこうとした場所は、印刷所ではない。
冷静に考えれば、完成もしていない原稿を印刷所に持ち込むわけがない。
また、なぜ福島社長は、ボクの原稿が届いたときに、思わず残念がった、いや、むしろ迷惑がったのか・・・。
その謎解きは、またのお話。