篤があつしに変わるまで 17 『100万円の価値のあるリスト』
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「マイクロソフトの新潟ですが」
「新潟さん。お世話になります。大村です」
「早速ですが、昨日お話をくださった、弊社からの750万円の資金提供の件ですが・・・」
「はい・・・」
「社内で協議をしましたが、資金提供は難しいという結論に至りました」
「・・・。それは、最終決定ですか?」
「はい。諸般の事情をもろもろ鑑みまして、というより、単刀直入に申し上げて、大村さんがご自身で3,000冊の本を販売して、その売上代金で返済をするというのはどう考えてもいささか無理があるということもございますが、一番の理由は・・・」
「・・・」
「弊社はこれまでに、ただの一度も出版社様やライター様に資金提供をしたことはございません。どの出版社様も、ご厚意で弊社の製品の解説本をご出版くださっております」
今までに、「もう無理だ」「もう頑張れない」「もう終わった」と何度も諦めかけ、激しく落ち込んできたが、今回のマイクロソフトの決定は「最終通告」と言ってもいいものであった。
このときボクは、不思議なことに、思わず笑いが出た。
「大村さん、聞いてます?」
「あ、はい。すみません。それよりも、私なんかのために色々とご検討をくださり、本当にありがとうございました」
「とんでもありません。それよりも、一つ、大村さんに素朴な疑問をお聞きしてもよろしいですか?」
「なんでしょうか?」
「エクセルのマクロの本なのに、どうしてIT系の出版社に売り込まないんですか?」
「え?」
「だって、東新宿出版様って、私も本を読んだことがありますが、健康書の出版社ですよね」
「はい。それは私も理解しているのですが、私が3,000冊を買い取れば出版してくださるとおっしゃるものですから」
「そこで考えたのですが、資金提供をできないお詫びというわけではないのですが、弊社の製品の解説書を出版なさっている出版社様のリストをお送りしましょうか?」
「リスト?」
「はい。ただ、私はこのリストは大村さんには必ず役に立つと思います。単に出版社様の代表の電話番号やFAX番号が載っているだけのものではありません。もちろん、中にはそうした出版社様もありますが、担当部署の電話番号まで掲載されている会社もございます」
ボクは、それまでの人生で経験のないほどの最大級の謝辞を告げて受話器を置くと、マイクロソフトからFAXが来るのを待った。
そして、送られて来たFAXを見て足が震えた。
今となっては正確な数は覚えていないが、30~40社ほどのIT系出版社が一覧表にまとめられている。
中には、マイクロソフトの新潟さんが言ったとおり、「第一編集部」とか「第三編集部」とか、部署名とその部署の電話番号まで記載されている会社もある。
これなら、代表に電話をしなくても、ピンポイントで直接電話がかけられる。
ボクは思った。
<このリストは、お金にして一体いくらの価値があるのだろう。
10万? 20万?
いや、100万円はくだらないはずだ>
インターネットがなかった時代に、マイクロソフト製品の解説書を出版している出版社を網羅したリストは、決して大袈裟ではなく100万円、否、金銭には換算できない価値があった。
それに、こんなリストを作れるのはマイクロソフトだけだろう。
ボクのチャレンジは、そもそも品川出版の福島社長に30万円を騙し取られたところからスタートしているが、その30万円がなければ、この「100万円の価値のあるリスト」を手にすることはできなかった。
<まったく、人生とは、なにが幸いするのかわかったものじゃないな>
そして、ボクは声にして叫んだ。
「よし! これでまたチャレンジできるぞ!」