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篤があつしに変わるまで 5 『未完成の原稿』

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「企画書はいいから、とりあえず30ページぐらい書いたら連絡頂戴よ」
 福島社長にそう言われたボクは、ものの5日間で30ページを書き上げてしまった。

「これから書く30ページは、いわば本当に本を出版してもらえるかどうかのテストだ。時間をたっぷりかけて、構成をしっかりと練って、一字の誤字もない最高の原稿を書こう」
 そう呟くもう1人の自分もいたが、元来せっかちな自分を制止することはできなかった。

 気を付けたのは「一番訴求力のあるパートを書く」。ただそれだけ。そして、販売管理の最重要パートである「売上入力」について書き始めたが、全体の半分も書かないうちに30ページに達してしまった。

 売上入力というのは販売管理システムの花形と言ってもいい。売上がたてば、財務的には売掛金が発生するし、売り上げた個数分、在庫の出庫処理もバックグラウンドで行わなければならない。
 フロントとしては、納品請求書や送り状、郵便振替用紙の印字も同時で行う必要がある。そもそも、これだけ奥の深い処理をエクセルのVBAで実現するための解説を30ページでやってしまおうと考えた自分が甘かった。

 さて、これは困った。
 こんな中途時半端な原稿を渡していいものか・・・。

 このとき、ボクには3つの選択肢があった。

 理由を説明して、中途時半端な原稿をそのまま渡す。
 30ページという枠にとらわれずに、「売上入力」を完成させてから原稿を渡す。
 30ページという枠に収まりそうな、別のパートを一から書き直す。

 そして、せっかちなボクが選んだのは・・・。
 もちろん最初の選択肢である。

 もう、1秒でも早く原稿を見てもらいたい。
 そんな気持ちを押さえ切れずに、未完成の原稿をプリントアウトして、福島社長の名刺に記された住所に郵送してしまったのだ。
 ただ、同封したあいさつ文の中で、送った原稿は未完成であることを、必要以上に強調することは忘れなかった。万が一、これが完成原稿と勘違いされたら、せっかく掴んだチャンスも逃げてしまう。
 そう思ったからだ。

 実は、このときボクは2回目の「たら」「れば」に直面していた。
 ボクの前には、先ほど言ったように3つの選択肢、すなわち「たら」「れば」があった。どの道を進んでも、さして違いはないような気がする。

 また、実際にボクも、そのときの選択にはさほど悩みはしなかった。3本のどの道を進んでも、待っている結果は同じだろうとたかをくくっていた。
 だが、もしそのとき別の「たら」「れば」を選択していたら、その数年後に「過去10年でもっとも成功したITライター」とまで言われて、テレビ番組の司会を務めるまでになったボクは間違いなく存在していない。

 そして、未完成のまま送ってしまったその原稿が、その後、ボクと福島社長の歯車を徐々に狂わせ始めることになる。

 いや、正確に言えば、始めからかみ合っていなかったもっと大きな歯車が運命的にかみ合い始めることになるのだが・・・。
 それは、またのお話。

→ 6話『噛み合わない会話』へ

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大村あつし@作家、ITライター
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