ご返事かお返事か、それが問題だ_週刊 表の雑記帳 第一八頁
今週の目についた報道はtwitter参照。
しりしりは沖縄の言葉
数日前の夕飯時、食卓にピーマンしりしりが登場。とても美味しく大満足なのだが、ふと思った。しりしりって、何だろう。インターネットで検索してみると、ことば研究館というサイトのとある記事に出会った(こちら)。この記事によると、しりしりというのは沖縄の方言のようだ。そもそもにんじんのしりしりが沖縄の家庭料理だということも知らなかった。国立国語研究所が昭和三十八年に初版を刊行した『沖縄語辞典』というものがあるらしく、その中に以下の項目があるようだ。
関連する記述をこの記事から以下引用する。
これによると,「でえくにしりい」が「大根おろし」すなわち「おろしがね」(道具)のこと,「でえくにしりしりい」が「大根おろし」「大根をすりおろしたもの」であるとあります。後者の「大根おろし」というのが「おろしがね」(道具)をあらわすのか,それとも「しりしりい」はすりおろした食べ物だけをあらわすのか,厳密にはわかりません。この「しりい」は動作の動詞「する」の連用形転成名詞「すり」のことかと思われますが,それを繰り返した「しりしり(い)」が食べ物を,単に「しり(い)」の方は道具を表わすという使い分けがあるのでしょうか。
国立国語研究所では『全国方言談話データベース日本のふるさとことば集成』という音声と文字からなる方言資料を刊行しています。「第20巻 鹿児島・沖縄」の調査担当者で,琉球大学の狩俣繁久先生によると,道具を表わす言葉として「デークニシリー(大根おろし)」「ソーガシリー(生姜おろし)」「ンムクジシリー(芋葛おろし)」などがある。一方「デークニシリシリー」「ソーガシリシリー」は本来「おろしたもの」を表わす言葉だが,現在では道具を表わすこともある,とのことです。さらに,道具を単に「シリシリー」と呼ぶこともあるし,新しい言い方では,千六本を作ることを「シリシリーする」ともいい,おそらく「にんじんシリシリー」も戦後広まった単語ではないか,とのことです。
なるほど、確かなことを言うのは難しいが、とりあえずすりおろした食べ物をしりしりと呼んでいるようだと理解しておいて大きく間違いではなさそうだ。ちょっとすっきりする。ちなみに、この記事を掲載していることば研究館というサイトは、国立国語研究所が運営するサイトのようだ。
もう一つ、沖縄言語研究センターによる琉球語音声データベースによると、やはりシリシリーというのはすりおろしのことのようだ(こちら)。他にも、背中をかくこと・さすること、すりあわせること、とも書いてある。恐らく、標準語でいうところのすりすりと近いのだろう。
ただ、ここで新たに疑問が浮かぶ。ピーマンしりしり、明らかにピーマンをすりおろしていない。これは調べてもよく分からないが、きっとにんじんのしりしりとかと似たような味付けで似たような見た目だから同じようにしりしりと名付けた程度のことなのかなと、これは自分勝手に納得した。
返事につけるのは「ご」か「お」か
そんなことを考えていたら、普段気持ち悪いなあと感じていることを思い出してしまった。それはご返事かお返事か問題。仕事でよく使う返事という言葉。これの接頭辞が「ご」なのか「お」なのか。私はずっと「ご返事」派なのだが、周囲では明らかに「お返事」派が大多数だ。ついでなので調べてみた。またことば研究館に記事があった(こちら)。いくつか事例とともに色々と書いてあるのだが、最終的には以下の記述。
明らかに座りのよくない表現(たとえば今回の「おマンション」)が,一挙に広まって一般に定着することは,まずありえないと思われます。一方で,今までとは違った言い方が徐々に定着したり,気付かないうちに違和感なく受け入れられたりする,といった変化は,ないとは限りません。現に,従来文章や改まった場面で「御(ゴ)家族(様)」と使われていたものが,最近口頭で「お家族の方々」と呼ばれる場面があるそうです。
敬意表現には,是非を示唆する規範や標準のないことも多いですが,少なくとも今までの言葉の伝統に外れていないか,現代社会に違和感なく受け入れられるか,を一つ一つ考えることが必要です。時には,美化や美称そのものが本当に必要かどうか,たちもどってみることもです。
結局明確な答は得られず。それならば、ということで、広辞苑第四版(ちょっと古い…)を引いてみる。該当部分は以下の通り。
ご【御】〖接頭〗①主に漢語の体言に冠して尊敬の意を添える。②自分の行為を表す語に冠して謙譲の意を添える。
お【御】〖接頭〗①尊敬する人に関係のある事物に冠する。②尊敬する人に対する動作や事物に冠して、動作や事物の主の謙譲・卑下の気持を表す。③広く事物に冠して、聞き手に対する丁寧の気持を表す。
私はまさに「ご」の①に準じて使っていた。返事は漢語だから頭に付けるのは当然「ご」だろうと。しかし「お」の説明を読むと、こちらは漢語とか和語とかの区別もなさそうで、よりおおらかな使い方ができそうだ。その意味では「お返事」も間違いではなく、受け入れなくてはならない気もする。
だがここでもう少し考えてみる。漢語なのに「お」を付ける言葉は他に何があるだろうか。すぐ浮かぶのは、「お惣菜」「お弁当」「お仕事」など。これらは尊敬語というよりも、丁寧語(上の引用でいうところの③)だ。もしかしたら、「お返事」も尊敬語というよりは丁寧語として皆使っているのだろうか。そうであれば、少し合点がいく。しかしその場合、「お返事いただきありがとうございます」ではなく「お返事をいただきありがとうございます」とした方が適切ではないだろうか。「いただく」を助動詞のように使うのならやはり「ご返事いただき」とし、丁寧語としての「お返事」に「いただく」をもらうの謙譲語のように使うのなら「お返事をいただき」とするのがしっくりくる。
…ここまでくるとただの面倒なおじさんか。
しかしなんでもかんでも尊敬語に「お」を使うようになってしまうと、そのうち「ご連絡いただきありがとうございます」が「お連絡いただきありがとうございます」になったり、「ご指導ご鞭撻の程宜しくお願いいたします」が「お指導お鞭撻の程宜しくお願いいたします」になったりしそうで、むず痒さがものすごい。それは正直勘弁してほしい。
そのうち死語と言われかねないが、私はこれからも心のこもった「ご返事」をいただき続けたい。