週刊 表の雑記帳 第一五頁_我が国は腸内微生物叢研究で世界をリードすべき
今週の目についた報道はtwitter参照。
うんちを見れば糖尿病予備軍が分かる
さて、今月に入ってまたいくつか腸内微生物に関する興味深い研究が発表されている。まずはこちら、腸内微生物叢の変化と糖尿病予備軍との関係について明らかにした研究。論文はこちら。腸内微生物叢を分析することで、糖尿病予備軍、つまりこれから二型糖尿病を発症しそうかどうか予測できるというもの。これまでも、健康な人と糖尿病の人の腸内微生物叢を比較して糖尿病と腸内微生物の関係性を調べた研究はあった。しかしこの方法では、糖尿病という病状とそれに伴う治療のどちらがどのくらい腸内微生物叢の変化に寄与しているのか不明であった。今回の研究では更に、糖尿病予備軍の人とつい最近糖尿病と診断されまだ治療を開始していない人とで、酪酸を生成する腸内微生物が少なくなっていることも分かった。これまでの研究からも糖尿病患者の腸内微生物に酪酸を生成するものが著しく少なくなっていることは分かっていたが、今回の結果から実際に糖尿病と診断される前の予備軍の段階で既にその傾向が見られ始めることが示唆された。勿論この研究からだけでは、鶏が先か卵が先か論争に決着はつかない。すなわち、腸内微生物叢が変化することで糖尿病になるのか、糖尿病によって腸内微生物叢が変化するのかの因果関係の向きは不明のままだ。しかし少なくとも、糖尿病と診断される前の段階で腸内微生物叢に一定の変化が見られていることから、糖尿病発症のリスクを事前に検知し早期介入・早期治療、あるいは予防することに役立てることも将来的にはできるのではないかと期待される。
酪酸の健康効果
ちなみに酪酸というのは、食事そのものから摂取することもできるがその量は少なく、主に食物繊維から腸内微生物が生成することが知られている、人にとって非常に有用な物質だ。酪酸の効能というのは色々な記事や論文でまとめられている。腸細胞の主要なエネルギー源になり腸壁のバリア機能を高めたり、抗酸化作用、腸の炎症抑制、抗癌作用等が示唆されていたり(こちら)、睡眠を促すという研究結果があったり(こちら)、過敏性腸症候群やクローン病のような腸疾患に有効という報告もある(こちら)。脳腸相関によって脳へも好影響があり、パーキンソン病やアルツハイマー、脳卒中や自閉症との関連も示唆されている(こちら)。つまり簡単にまとめてしまうと、免疫を正常化する作用があると言うことができそうだ。
高脂質食と抗生物質が腸の炎症を促す
続いてはこちら、抗生物質と高脂質な食事の組み合わせが腸の炎症を誘導するという研究。論文はこちら。こちらの研究では炎症性腸疾患の予備軍を対象にしており、過去一年の間に最低1コースの抗生物質を使用している人ではこの炎症性腸疾患予備軍になる確率が3.9倍高まり、高脂質の食事を摂ることが多い人はその確率が2.8倍高まるという。しかし興味深いのは、これらの二つの要素が組み合わさると、その確率が8.6倍に跳ね上がるということだ。マウスを用いた実験で、高脂質の食事とストレプトマイシン(抗生物質の一種)投与によって、結腸上皮におけるミトコンドリアのエネルギー活動が長期にわたり低下することが分かり、この作用は高脂質の食事かストレプトマイシン投与かのどちらか一方では見られなかったという。恐らく高脂質の食事とストレプトマイシン投与はそれぞれ別のメカニズム(作用機序)によってミトコンドリアの活動低下をもたらしているのではないかと研究者は推測している。こうした作用によって腸の酸素消費能力が低下し、腸内の酸素濃度が上昇、腸内微生物叢のバランスが崩れて高酸素濃度環境でも生育できる有害な微生物が急増したのではないかとみられる。この考察は、2013年に提唱された「酸素仮説」(oxygen hypothesis:炎症性腸疾患でみられる腸内微生物叢の偏りは腸内の酸素濃度の上昇によって引き起こされているのではないかとの仮説)とも整合する(酸素仮説についての論文はこちら)。更にこれを検証するため、炎症性腸疾患予備軍のマウスにメサラジンという薬(ミトコンドリアの活動を活性化し、腸内の酸素消費を促す狙い)を投与したところ、腸内微生物叢は健康なそれへと戻り、炎症性腸疾患予備軍でみられる諸症状も大いに改善した。これら一連の研究から、炎症性腸疾患のリスクがある人は食事や抗生物質の使用に気を付けた方が良いということは言えそうだが、勿論抗生物質は必要なときには使わねばならない。ただ近年、多剤耐性菌をこれ以上増やさないためにも抗生物質の適正使用というのは世界規模で言われていることであり、腸疾患予防という別の観点からも抗生物質の適正使用の重要性を主張する材料になりそうだ。
人の遺伝子と腸内微生物叢との関係
更にこちら、ヒトの遺伝子変異と腸内微生物との関係性についての研究。論文はこちら。これまでよく知られていたのは、乳糖不耐症(牛乳を飲んでお腹くだすあれ)になる遺伝子変異と腸内微生物叢におけるBifidobacterium(乳糖をエネルギー源とする微生物群で所謂ビフィズス菌のこと)の存在割合との関係であった。しかし今回、腸内微生物の存在そのものあるいはその存在量に関わるヒトの遺伝子変異を更に13特定したという。これはベルギーの集団とドイツの集団とで一貫して観察されていることから、人種差に関係なく言えることではないかと推測されている。結果の解釈には注意が必要ではあるが、このように宿主(この場合、ヒト)の遺伝子と腸内微生物叢の関係性が明らかになってくると、特定の疾患と腸内微生物叢との関係性等がより具体的に分かってくる端緒となり得る。
腸内微生物叢研究に国の全面バックアップを
上述の二報の論文のように、疾患の発症と腸内微生物叢との関係は因果を証明するのが難しい側面があるが、時系列的に検証する研究を組むことができればこの点もより多くの示唆が得られるはず。その点、日本人は比較的遺伝的背景が均質な集団と言われており、こうした研究を進展させるにはうってつけだ。健康寿命の延伸にも直接的に貢献する研究分野でもあるし、社会保障費とりわけ医療費の削減を国が声高に叫んでいる昨今、疾患発症予防の研究を進展させる方が毎年のように薬価を下げることで医療費増加を抑える製薬業界イジメを続けるより意義が大きいだろう。国には是非我が国における腸内微生物叢の研究をより強力にバックアップし推進していただきたい。