宇宙を旅した少年
茨城県のとある水族館でのお話です。
この施設にある撮影コーナーは、緑の壁と床で覆われています。「クロマキー合成」と呼ばれる手法で、緑の背景で撮影し、その背景を別の画像と合成する技術です。
緑の部屋の中央にはドーンと大きなサメのオブジェ。歯をむき出しにしたリアルなサメオブジェは水族館の名物で、このサメと記念撮影したいというお客様が後を絶ちません。
私がカメラマンをしていたある日、5歳くらいの男の子が撮影コーナーに走ってきました。
「おっきなサメだ!」
サメオブジェを指さし驚きの声を上げます。ご両親も後からやってきました。
「これはどんなサービスなの?」と首をかしげる奥様。
私はサービス内容を伝え、イベントについてもご案内します。
「今日は宇宙イベント開催中です。宇宙の背景で撮影できますよ! ぜひご参加ください」
「宇宙だって。まーくん撮ってみる?」
まーくんと呼ばれたお子様は笑顔で頷きました。
「それでは宇宙飛行士の皆様、まずはお荷物をこちらへどうぞ」
荷物を置いた男の子。嬉々として緑の部屋に足を踏み入れようとします。その瞬間に私は伝えます。
「その緑のとこから宇宙だよ。宇宙は無重力だから気を付けてね」
途端に男の子の動きがスローモーションになりました。ふわふわとした動作でゆっくり撮影場所に近づきます。体全体で無重力を表現してくれているようです。
撮影用の椅子に座るよう促すと、やはりふわふわした動作でそっと着席されました。気づくとご両親も後ろでふわふわしています。
皆さまの準備が整ったら「宇宙に夢中~!」のかけ声でパシャリ。
緑の椅子を活かして空中に浮いたようなポーズ、サメのオブジェを使ってサメに驚いたポーズ、と2カット撮影しました。
撮影が終わったご家族には、宇宙旅行お疲れサメでした、地球はこちらでーすと販売カウンターをご案内します。
「地球にお帰りなさーい!」
撮影を終えたお客様を元気よく出迎えた販売スタッフに、クスっと笑っていただけました。
その後撮影した写真をご覧いただきます。奥様は写真に写ったお子様の表情を見てびっくり。笑顔の写真と思いきや、お子様は口に両手を当てて苦しそうな表情をしていたからです。
「まーくん、どうしたのこれ?」
「息止めてたの、だって宇宙には空気もないんだよ!」
お子様の答えに、ご両親は感心したように頷かれました。
もう1カットの笑顔で写った写真もご覧いただきましたが、ご家族が購入されたのはお子様が息を止めて写った写真でした。
「楽しかった!」とハイタッチで挨拶してくれたお子様たちをお見送りします。
私は、お子様が息を止めて苦しくなるくらい宇宙を、撮影を楽しんでいただけたことに、とても嬉しい気持ちになりました。
水族館を訪れたお客様にもっともっと楽しんでいただきたい!そう決意を新たにしたエピソードでした。