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【第1章】裏店長と呼ばれたAランクパートと フリースブーム以前入社の古参準社員

ユニクロ黎明期を知る「裏店長」と呼ばれたAランクパート

 栃木県下都賀郡野木町。群馬、埼玉、茨城との県境が交差する、栃木県の南端に位置する小さな町だが、機械や食品などの工場が林立するために財政は豊からしい。町田店の準社員だった杉山(43歳)は、この町に両親とともに住んでいる。
 約10年にわたってユニクロの現場で準社員として働いていた杉山は、町田店では「裏店長」と呼ばれ尊敬を集めていた。
 店舗業務のすべてにおいて卓越し、的確な指示を出す。いつもにこやかで、ヘボなスタッフにも声を荒げたりしない。いざとなれば自分がフォローする自信があるからだろう。町田店の和気あいあいとした雰囲気の半分ぐらいは杉山の人柄と実力が支えていたのだと今では思う。
 町田店の閉鎖後、野木町の実家に戻った杉山はラーメン屋でアルバイトなどをしながら生活をしていた。年賀状をやりとりしている程度なので細かな近況はわからない。今はどうしているのだろうか。電話をかけると懐かしい声が返って来た。
「え〜! 大宮さん? お久しぶりです〜! うんうん、元気ですよ〜。野木町に来てくれる? 取材? よくわからないけれど歓迎します。遠いけれど気をつけて来てくださいね〜」
 新宿から電車で1時間15分ほど。JR東北本線の野木駅に到着すると、杉山は車で迎えに来てくれた。さっそく近況を聞く。地元の自動車部品工場にパート社員として就職し、外観検査の仕事をしているという。
「1日に8000個も検査することもあるよ。座りっぱなしで顕微鏡をのぞいているから太っちゃった〜」
 相変わらず明るい。立ちっぱなしのユニクロとは異なる仕事に戸惑いはないのだろうか?
「大丈夫だよ〜。私は細かい仕事に向いているのかも」
 この人は基本的にどんな仕事でも楽しめるのだろう。だから、どんどん上達していく。責任感も強い。不平不満は口にしない。雇う側としては最高のパート社員である。
 では、なぜユニクロを辞めたのか。町田店がスクラップされても、近隣の店に移る選択肢はいくらでもあったはずだ。後でゆっくりと話を聞こう。
 車はいつの間にか茨城県古河市に入っていた。古河駅から東に伸びる目抜き通りを走り、料亭風のファミリーレストラン徳樹庵古河店に到着。杉山によると、この道沿いにジーユー(g.u.)総和店があるという。
 ジーユーはファーストリテイリンググループのカジュアルウェアショップチェーンで、ユニクロ以上の低価格を売りにしている。少し前には、990円ジーンズなどで話題になった。
「あの店はもともとユニクロ総和店だったの。125番店。私はオープニングスタッフの1人だったんだよ。1994年だから25歳だった。若いでしょ〜。今はジーユーになったけど、この道をもっと行くとユニクロ古河店があるよ。ユニクロはそっちに移ったんだね」
 杉山はさらりと話すが、1994年といえばユニクロが関東地方に進出した年であり、全国の店舗数はようやく100を超えたばかり。先述したように、町田店開店の年にあたる。
 杉山はなぜユニクロを職場に選んだのか。
「ユニクロの前は、高卒で入った病院で医療事務をしていたの。埼玉県の病院。7年ぐらいは働いたかな。通勤に片道1時間半もかかるし、休みが少ないのが嫌だった」
 ユニクロだと休みがもっと少なくなるように思われがちだが、基本的には準社員やアルバイトスタッフに長時間労働はさせない。残業代が発生すると人件費予算を圧迫するからだ。また、社員のように店舗優先で働く必要もないし異動もない。
 杉山は準社員として就職し、「裏店長」「SV(スーパーバイザー)より偉い」などと言われながらも準社員のまま働き通した。
「総和店のオープニングはとにかく最初から最後までやったよ。エレクター(商品の陳列棚)の組み立てから床掃除まで全部。応援に来た古参社員は怖かったなー。あの頃のユニクロの社員さんたちは九州や山口の人が多いでしょ。とにかく言葉がキツイ! 間違ったことをやっていると『何しとん!』とかね。『目で殺す』とも言ってた。でも、上下関係にすごくうるさいので、準社員やアルバイトを直接叱ったりはしない。店長や社員を叱る。『はい、店長来て』と。軍隊っぽい。『何、この会社?』という第一印象だったよ」
 杉山の話を聞きながら、僕もユニクロ時代の上司たちの言動を思い出していた。仕事がまったくできない僕は、何度となく「何しとん?」と詰問された。
 しまいには僕まで「何しとん?」を愛用するようになり、アルバイトのスタッフから「大宮さんって東京出身ですよね。変な方言はやめてください」と恥ずかしい指摘をされた。いま思い出しても嫌な汗が出てくる。
 しかし、杉山はユニクロ現場の厳しさを楽しんでいたようだ。

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