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猫とくらせば / 扇風機でつながる

 ・・・の切れ目は、縁の切れ目。

 だれかとの距離が近づくときには、それなりの何かきっかけがある。「フィーリング」「タイミング」「ハプニング」が大事だよね、なんていう話をときどき耳にするが、たしかにそうなのだ。 

 とりわけ「ハプニング」こそ、である。気づけば、きみたちと出会った入口からハプニングだった。捨てられてたきみたちが保護されてるのをのぞきに行ったら、一匹ではなくまさかの兄妹で、「兄妹だし」ということで全員を引き取ることとなった。

 一緒に暮らして2年が過ぎたのだけど、やはりその時々にあるハプニングのおかげでボクらの距離は近づいた。

 特に、オスの3匹、たら、よね、もず。2匹は去勢手術の影響による尿管結石で、1匹は野良猫とのケガで、通院を経験した。「もう駄目じゃないか...」っていうところも経て、今は元気にひょうひょうとやっているが、看病のなかでグッと近づき、何か通じ合うものを見つけたのではないかと思う。

 それに比べて、メスの2匹、とびとみそ。まあ、とびは良いか。もともと人懐こく、昼寝してると腹の上に乗ってきたり、飯を食べてるとすり寄ってきて一緒になるので、日常的に触れあう時間も多い。そう考えると、とびに関しては毎度絶妙にタイミングを得ている。

 となると、みそはどうだ。こいつだけがなかなか懐いてくれない。距離を感じる。なんというか、一番猫らしい猫なのだ。うちの中では、気分屋の最上級で、いつもどこにいるかわからない。考えることもわからない。好き勝手に動いててめっちゃ振り回してくるやつ、という印象である。

 そんな小さな悶々とした気持ちを抱えながらの3年目を迎えるわけだけど、最近は、ちょっと様子が違う。ボクが家で作業をしてると、やたらにPCのまわりや、足元にいることが多いのだ。なんなら、今5匹の中では一番一緒にいる時間が長いかもしれない。

 ついに、ついに、好かれてきてる? と感慨深さを覚えつつ、横に目をやれば、とろける表情ですうすうと眠りこけているみそに、ボクは毎度ほだされていることか。

 そんな喜びも束の間、ある法則に気づいてしまったのだ。

 最近のボクは家の中に作業机を二か所配置しており、それぞれ作業内容によって、あっちへこっちへと移動してるのだけど、その両方にみそはやってくる。

 そして、よくよく考えると、梅雨を終えついにやってきた猛暑のせいで、基本どっちも暑苦しいのだが、その対策として、がっつり扇風機を置いて、心地よく過ごせている両スペース。

「!!!!!!!!!!!!!!!」

 つまり、みそは”風あるところ”に身を委ねているだけだったのだ。

「あなたとは扇風機の関係ですから。それ以上でも以下でもなくて」

 と冷ややかに突き放された言葉をみそからもらってしまったような気分。ボクらは割り切った関係でしかない。ある意味、ボクとみそは「ただただ涼しい場所にいたい奴ら」という共通点を持っていたわけで、フィーリングは合っていた。

(「フィーリング」「タイミング」「ハプニング」説すげぇな)

 まあ、そんなこんなで、気づいた。気づいてしまった。ある事実に。

 扇風機のいらない、夏が去りゆく、その季節には、みそはボクのもとから離れていく。

 扇風機の切れ目は、縁の切れ目・・・。

 おそらく、次はこたつの季節がきたら、また距離が縮まるのではないかと思う。それも、超一時的、なんだろうけど。

大きなあくびをしている 君はいないのです

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