大町はな

非現実の中の日常を切り取ったお話など。 二次創作もします。

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マガジン

  • 夏の風の神、パンに祈るために/全12話

    #創作大賞2022 応募作品です。

最近の記事

千代子の中に熊がいる(お茶代3月課題)

今は昔、ベアーズチョコというお菓子があった。 チョコに混じりてグミの入った、様子のおかしな食べ物である。 はじめてそれを食べたとき、私の味覚は途方もなく未発達であり、絶妙な食感にビビッて即吐き捨てた。 なにせチョコレート菓子といえばキョロちゃん一択の時代である。 見れば明らかに違う食べ物だとわかりそうなものだが、皴ひとつない脳みそを有する私は「中のピーナッツが腐ってる!」と嘆き大粒の涙を流した。 当時はまだチョコの中身がピーナッツかコーンパフしかないと思い込んでいたため、以

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    • Present(文サお茶代2月/ジユー課題)

      プレゼントの醍醐味は「過程(プロセス)」と「約束(プロミス)」だ。 プラスチックの番号札をポケットの中でいじりながら、僕はつくづく考える。 本革でできたプレミアムなオートクチュール。それでも、君がたまに着けるパールのピアスよりずっと安い。 プロポーズの夜に渡すのには、あまり似つかわしくないものだから、君はきっと驚くはずだ。 だけど、パッケージを開いてピンク色のパスケースを見た瞬間、君はすべてを理解してくれることだろう。 僕たちは駅の改札で出会った。 快晴のわりに強い風が吹い

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      • いけずの散歩道

         淳ちゃんはいつも突然で、嵐のような誘い方をする人でした。そこに一切の悪気はなく、自分のことに一生懸命なだけで、それは淳ちゃんの好きなところでもありました。私はもともと人に興味を持たれるのが苦手だったし、勝手に期待されて勝手に失望されるのが何よりも怖かったので、こうして誰かとお付き合いをする日が来るなんて、今でも少し信じられないぐらいでした。 「来週末、スクーリングがあってさ。お前も来るだろ?」 「一応希望休は出してるけど……」 「なら、決まり。夜は一緒に食べれるから、良さそ

        • お茶代12月ジッケン課題_急ぎ鳥、参上!

          今日からメールの定型文“取り急ぎ”が“急ぎ鳥”に変更されるらしい。よくわからないがなんだか楽しそうだ。他の慣用表現についてはどうなのだろう? 【重要なお知らせ】と題されたメールを読みながら、ワタクシはぼんやり考えた。「取り急ぎご連絡まで」という言葉が「急ぎ鳥」に変わったとき、メールの送受信は従来より格段にウィットに富んでほっこりしたものになるだろう。 しかし、その内容が割と重要そうなものだった場合、どんなに取り急ごうとも、急ぎ鳥(ピヨ)などと茶化してはいけない。一億総合理

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        千代子の中に熊がいる(お茶代3月課題)

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        • 夏の風の神、パンに祈るために/全12話
          12本

        記事

          おすすめハラスメント_本棚編(お茶代11月ジユー課題)

          このたびは本棚を使って合法的ハラスメントができるというので、悩みに悩んで悩み抜きましたが、「おすすめ」という規範上、やはり手に取って読んでいただきたいので、比較的簡単に購入できる本に絞って紹介したいと思います。 博学なダツ氏においては、すでに読んでいるものも多くあるかと思いますが、私はダツ氏を通じてお茶代ストの皆様に訴えかけているので悪しからず。 拙著の中で病院系の設定や描写、死生観的なテーマが多いのは、完全にこれらの影響です。 小川洋子「薬指の標本」「刺繡する少女」「夜明

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          おすすめハラスメント_本棚編(お茶代11月ジユー課題)

          「おやすみボックス解禁」に基づく思考実験

          わが国でも“おやすみボックス”がついに解禁された! が、それがなんなのかわたしにはよくわかっていない。 さっそく届いた小包みを開けてみると、メモの切れ端が一枚入っていた。 文字はさざ波のような筆記体をしていて、おそらくは遠い国の言葉で書かれているようだ。不審に思って送り主の住所を確認すると、それはちゃんと町役場の広域保健課から届いているのだった。 すべては、職場の健康診断から始まった。 このところずっと残業続きだったので、不規則な生活はもちろんのこと、最近は特に体がだるく、

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          「おやすみボックス解禁」に基づく思考実験

          京都喫茶運搬日記(お茶代10月:ビジュアル参加課題)

          「お茶をご馳走したい」と連絡してみたら、ダツ氏は針と共に現れた。 「どうせなら洒落たお店が良いですね」と提案したら、ズボンにまち針の刺さるダツ氏は、京都の街中をスマートかつ丁寧に運搬してくれたのである。 本物のダツ氏を見るのは初めてだったので、雰囲気の良い喫茶店で1分間に600回ぐらい目を泳がせながら「整体師の凄さ」と「意識的な無意識」について話をした。 私はあらゆる壁やソファ、テーブル、ウインナーコーヒー、クリームソーダを見ていた。バタフライの如きアグレッシブさで目を泳が

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          京都喫茶運搬日記(お茶代10月:ビジュアル参加課題)

          わたしが映画として見た「Tokyo Summer」(公開されなかったプロット)

          Mounties - Tokyo Summer https://www.youtube.com/watch?v=YAq1EUg15bk 8月は不思議な月だ。 時間の感覚がわからなくなるし、生死の境目もあいまいになる。 僕はベッドで目を覚ます。寝る前に見た天気予報は酷暑を告げていたが、目を覚ました僕は長袖のシャツを着ている。 窓際では「彼女」が髪を乾かしている。 「ああ、またか。」 くたびれた顔でため息をつく。僕はまた、戻ってきてしまったのだった。 「君は本当に変わら

          わたしが映画として見た「Tokyo Summer」(公開されなかったプロット)

          夏と不条理

          4:30 全身疼痛で目が覚める 夢は見なかった。気絶して起きたような感覚。 8:00 シャワーを浴びる。 強い倦怠感、バスタオルを敷いてベッドに横たわる。 9:00 仕事用のメールを確認する。 了承の返信をする。手帳を開き予定をメモする。 手帳は、全体のスケジュール感が把握しやすいマンスリータイプが好きだ。 ページに並ぶ日付をみて、予定が埋まっていると気持ちが落ち着く。 だけど、その日はいつもと様子が違った。 僕が仕事の予定をメモしたのは、彼女の誕生日にあたるマスだった

          夏と不条理

          拝啓

          盛夏のみぎり、天気の定まらない日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。先日Twitterで開催された逃避行映画のスペース、大変おもしろく拝聴いたしました。 その話題に乗じて、私も「おすすめハラスメント」をしようと思います。 ちらりと話題に出ていたと思いますが……ええ、「月とキャベツ」という映画についてです。 脱輪さんはスペースの中で「逃避行映画に逃げる先はあるのか?」ということをおっしゃられていました。 個人的な意見ですが、逃げた先には新しい日常があってほしいと思います

          ¥200

          価値と揺らぎの思考実験(文サお茶代5月課題)

          会話が有料化された。理由や仕組みはまだ発表されていない。 とりあえず今日、わたしはいくら持って街に出ればいいのだろう? ニュースのエンドロールを眺めながら、ぼんやりと考えた。 チャンネルを国営放送に合わせると、【会話は廃絶すべきだ!】と書かれたプラカードを掲げる人の姿が、画面いっぱいに映し出されていた。 わたし自身「会話は金持ちの娯楽でいい」と思っていた。 統計に基づき、生まれてから死ぬまでにかかる食費はすでに前払いされている現代において、会話はいざこざのもとになるだけだ

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          価値と揺らぎの思考実験(文サお茶代5月課題)

          車の街と歩く町(文サお茶代4月課題:街)

          四月は初週の平日。 打ち合わせのため汽車を乗り継ぎ、降り立った街は真っ白だった。 正確に言えば、時刻表が真っ白だった。 バスは走っているけれど、運休の便がほとんどで、時間の欄が真っ白だったのだ。 ここは、私の住む街のずっと隣にあるところ。 はるか遠くというわけではないが、普段は車で走る街である。 昼から走る便もちらほらあったが、バス停の名前と地名をうまく結びつけられず、路線図を見ても上下左右どこにいけばいいのかわからなかった。 スマートフォンで地図を開いてみると、目的地ま

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          車の街と歩く町(文サお茶代4月課題:街)

          #文サお茶代_3月のジユー課題

          【課題】 あなたが好きな音楽家を一人(一組)選び、その魅力を1000字以上で自由に語れ アーバンギャルドについてテキストを書くとき、「前衛都市」の名のもとに、なるべく実験的な試みで言葉を綴ってきた。 文字数を揃えたり、韻を踏んだり、いつも何かしらの課題を設けながら創作しているのは、ウォーホルが並べたスープの缶詰みたいにしたいと思ったからだ。 改めて文字にしてみると、我ながら「縛りプレイ乙」という気持ちになってくるが、それは私にとっての自由でもある。 普段から規範意識に囚わ

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          #文サお茶代_3月のジユー課題

          服とメロス

          おしゃれに向き不向きがあるとするならば、私は絶対的に後者である。 私には着こなしがわからない。けれど、邪悪に対しては人一倍敏感だった。 要は「ダサいけどオシャレに見せたい奴」なのだ。自分がダサいというのは承知の上で、周りからセンスの無さをいじられるのは割と傷つく、至ってしんどい人間である。 服を買いに行く時には、十里はなれた店を選ぶ。服屋で知り合いに会うのは無理なのだ。だから私は、隣町のイオンまで車を走らせる。 しかし、野を越え、山を越え、はるばるイオンにやってきたと

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          服とメロス

          夏の風の神、パンに祈るために 第12話/完結

           夕希ちゃんは思っていたよりも綿密に計画を立てていた。「久野さんをディナーに誘い出す」という役目はかなり緊張したが、彼は近所にラーメンでも食べに行くような気軽さで了承してくれた。それがあまりにもさっぱりとした返事だったので、本当に伝わっているのか心配になったが、二人の住む家へ迎えに行って扉を開いた瞬間、壁に掛けられたジャケットを見て、その不安も一気に吹き飛んだ。 「素敵なスーツですね」 「ああ。だって今日は、君とディナーだろう?」  久野さんは、かつて自身が演奏していた

          夏の風の神、パンに祈るために 第12話/完結

          夏の風の神、パンに祈るために 第11話

           病室での宣言どおり、夕希ちゃんは一人で職業安定所へ通うようになった。職歴のない彼女はとりあえずアルバイトから始めることにしたそうだが、「相貌失認」というハンデを背負いながらの職探しは、極めて難しいようだった。  しかし、夕希ちゃんは諦めなかった。失明の恐怖と戦う久野さんを懸命に介護しながら、閉ざし続けていた心を無理やりこじ開けて、たくさんの面接をこなしていった。  そうして、街が秋色に染まる頃、宣告どおり、久野さんの瞳は光を失った。彼はすでに覚悟を決めていて、主治医も驚く

          夏の風の神、パンに祈るために 第11話