父と作る、お酒のつまみ
父と二人で食事をするようになって、そろそろ4ヶ月になる。
ついこの間まで母も一緒だったのに、母が倒れてから二人っきりになった。
くだらない事で喧嘩ばかりしていた父と母
母がいなくなると、父はしょんぼりしている。
父は高齢の割には、まだまだいろんなことができる方だと思う。
ご飯だって作れるし、電車や飛行機に乗って旅もする。
放っておいても父なりに暮らしていけるのかもしれないけれど、
やはり、独りにしておくのはどうしても気になってしまった。
ご飯はいつも二人で作る。
元々無口な父。
台所で、私はなんとなくぎこちなかった。
母の事で父への気遣いもあり、どう会話したらいいのか、ちょっとだけ戸惑ってしまったのだ。
とりあえず、『お父さん、今日のお魚何?』
で始めてみた。
いつもの事だが、お刺身は父の担当。
その他は私が作ることになった。
父はアコアラを黙々と捌き出した。アコアラとはクエのことらしい。
クエは都会では高級魚の括りだけど、この辺では安く手に入る。
美味しいものを安く手に入れた時は、父は私にそのことを自慢する。
たった二人だけなのに、父は切ったお刺身をお皿にてんこ盛りに盛り始めた。
つい、『わぁー多すぎ、品がないなぁ…』といってしまう。
そういえば、父は盛り付けはいつも母に頼んでいたっけ。
私はだし巻き卵を作る。
卵焼き用のフライパンにようやく油がなじみ、やっと巻きやすくなった。
だし巻き卵は父の好物でもある。
卵2個をボウルに割り入れ、かちゃかちゃと卵を切るように混ぜていく。
そこへお玉一杯くらいの出汁を注ぎ、薄口醤油と塩だけでシンプルに味付け。
卵焼き用のフライパンが熱くなってきたところへ油を敷き、卵液を入れるとジュワッといういい音がする。
手早く、でも落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら卵を外側から手前へ向かってくるっ、くるっと巻いていく。
同じ作業を2回繰り返し、簀巻きで巻いて形を整えれば出来上がる。
砂ずりときゅうり、針生姜の和物も作った。
砂ずりの硬い部分を取り除き、火が通りやすいように全体に切れ込みを入れて、お醤油とお酒にしばらく漬けておく。
きゅうりは薄く切って塩を振り、しばらく経ったら水でさっと洗って水気を絞っておく。
砂ずりを網で焼いて、こんがり色がついたら薄くスライス。
ボウルに出汁、薄口醤油、溶きカラシを入れてよく混ぜてそこへ砂ずりときゅうり、薄く千切りにした生姜を入れて合えれば出来上がり。
ここへちょっとごま油を垂らしても美味。
とりあえずお酒のつまみは出来上がる。
父は片口に並々をお酒を注いでいた。
そういえば最近片口ばかりよく使うけれど、急にとっくりが気になりだした。
棚の中から小ぶりでコロンとした徳利が私をじっと見ている。
おや。
くびれたところからぷっくりと膨らむ曲線が美しい。
このお腹の中で、お酒はもっと美味しくなるのだろう。
なぜ、徳利というのだろう。
使うと徳があり、利が得られるという。
だから徳利。
でも、別の説もある。
徳利からお酒を注ぐと初めはあまり音が出ないが、注いでいくとだんだん
とくっ、とくっ、とくっ、という音が出る。
注ぐ音が元になって、とっくり、と呼ばれるようになった説。
中身のお酒の量により、徳利が奏でる音は変化する。
耳をすまして、徳利の音を静かに楽しむのも悪くない。
次はとっくりにしてみようか。
アコアラのお刺身は柚子胡椒をつけていただいた。
美味しかったけど、父曰く、明日は熟成してもっと美味しくなるらしい。
熟成が進みにつれて、身がしっとりとモチモチした食感になるという。
お刺身を食べながら、父が『お母さんは、もう刺身は食べられんだろうなぁ』とポツリと言った。
もうこの事はすでに父に伝えたはずなのに…と心の中で呟く。
母は、父が作るお刺身を本当に美味しそうに食べていた。
でも、今の状態ではもうそれも叶わない。
父の寂しさが、ぽろっと出てしまった感じだ。
その後すぐに『あいつとはよく喧嘩したなぁ』と父は笑って見せた。
静かな夜、それぞれがいろんなことを想う。
そこには寂しさや後悔が入り混じった中に、相手を想う優しい気持ちがあった。
父の優しい気持ちがどうか母に届きますように。
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