【インタビュー】VTuberの時代と歴史区分——『青春ヘラ』ver.7より
本稿は、大阪大学感傷マゾ研究会が発行した同人誌『青春ヘラ』ver.7『VTuber新時代」にて掲載されたインタビュー「Vの考古学*VTuberの時代と歴史区分」を転載したものである。
2013年~2014頃からすでにVTuberに近しい存在を見ていた、当アカウントの主・古月がインタビューに答えている。
今回、掲載から1年経過したことを機に、特別に許諾を経てnoteに掲載することができた。
1万字以上にもおよぶ、約10年とバーチャルな存在を見てきており、VTuber事務所を手掛け、ライターとして活動する人物が答える貴重な資料になっている。ぜひ最後までご覧いただきたい。
(冒頭文 文責: 古月、本文文責: 大阪大学感傷マゾ研究会
本取材は2023年3月16日に行われた。一部は当時の考えなどに基づいているものであり、現在とは異なる可能性があることに留意いただきたい。)
普段の活動
──今日は、VTuberライターとして活動されている古月さんにお越し頂き、VTuberの歴史について伺いながら「Vの考古学」を考えていこうと思います。本日はよろしくお願い致します。
古月:よろしくお願いします。
──まず、古月さんがこれまでどのような活動をされてきたのか、その中でのVTuberとの関わり方について自己紹介をいただいてもよろしいでしょうか。
古月:改めまして古月です。VTuber関係の活動に限れば、ライターだったり、音響スタッフをやっています。この2つを主軸に、マネージャー、アドバイザー、コンサルタント、VTuberの年表作成などの記録活動やコミュニティ運営も行っています。他にもファン活動ですと、同人誌の制作であったりコスプレ撮影、MADや切り抜きの映像制作など、多岐にわたってVTuberに関わってきましたね。
──メインとしてはライターという形でVTuberに関わりつつ、そこから細分化されたファン活動やコミュニティ運営に繋がるわけですね。
古月:そうですね。商業的な面では、最近は「StarryCherry」というVTuber事務所の立ち上げアドバイザーとしても活動しています。こういうコンサルタントやアドバイザーも、もう一つの主軸になりつつありますね。
──ありがとうございます。ちなみに、VTuberに関するコミュニティ運営について、もう少し詳しくお聞かせいただいても大丈夫ですか?
古月:コミュニティは何個かあるんですが、一番規模が大きいものですと、「Project Virtual History」があります。こちらはVTuberやファン、スタッフ、ライターなど様々な身分の方々が一同に参加して情報交換しています。例えば「今日のバーチャル」というチャンネルでは、その日に起きたVTuberのイベントや配信等の情報がここに蓄積されるようになっています。
──ある種のデータベースとしても機能するんですね。
古月:で、こういったチャンネルがカテゴリーごとにも分かれてまして、海外・イベント・新人VTuber・雑誌・本・論文・テレビ・ラジオ・ご当地など様々とあります。単なる雑談から専門的な議論、あるいはなぜ炎上が起きてしまったか、まで話しますね。ライターの方を中心に、本当にVTuberが好きで詳しい人たちが集まっているので、落ち着いて議論をしながら、VTuberの情報を精査するコミュニティになっています。
──ファンコミュニティとはまた違うんですよね?
古月:そうですね。ファンコミュニティとしての役目もあるんですけども、一番はVTuber情報の蓄積かと。
──すごいですね……! 古月さんは、なぜそのコミュニティを立ち上げられたんですか?
古月:元々は情報を交換することがメインではなかったんです。「Project Virtual History」という名前の通り、歴史を記録するためのプロジェクト(作業場)だったんです。Wikipedia、VTuberの年表、ニコニコ大百科と様々な媒体でVTuberに関する記録が散在している現状を鑑みて、私が色々な有名ライターの方々を呼び寄せて「一緒にやろうぜ!」って誘ったのが始まりですね。当時はまだライターですらなかったんですけど。
──それって何年くらいのことですか?
古月:2020年です。
──なるほど。今も歴史が更新され続けていて、蓄積され続けてるんですよね。
古月:そうですね。2020年の9月17日から立ち上がって、ずっと動き続けています。今は、そこのコアメンバーを集めて『風とバーチャル』という同人誌を編纂しています。
──歴史書の編纂とは本当にすごいですね……。自分が本誌でVTuberを特集しようと思ったのも、『ユリイカ』以降、VTuberに対して専門的に書いてる雑誌がなかったからなんですよね。もっと早い段階から古月さんにお声掛けしていたらと思うとちょっと悔しいです(笑)。
古月:私もまったく同じモチベーションです(笑)。『ユリイカ』以降、記録が全然ないっていうのは、言い換えればこの状況をもっと面白くできるとも思います。ただ歴史を叙述するだけじゃなく、インタビューやコラム、論文も入ってますし、ありとあらゆるVTuberに関する情報がここに詰まってます。編纂を始めて3年目なんですが、まだまだ出来上がらなくて。
──VTuberって、おそらく今も全盛期を更新し続けてると思うんですけど、もう数年くらいかかりそうですよね(笑)。
古月:関係者の方々から、「まだか」と言われることもあります。私自身、これだけを3年間やってきましたから、そろそろ一区切りをしたいというのはあります。早く完成させないといけない。でも、最も問題となっているのがVTuber年表の作成で、今のところ17000行あるんですね。これは私たちだけで手掛けているわけではなく、編集メンバー以外の方も付け加えているのでこれほど膨大なんです。
──長すぎる(笑)。
古月:年表は私たちが受け継いで更新し続けたものなので、全て自分たちの功績ではないんです。その年表に対してソースをつけるためにだいぶ苦労しています。
──本当の歴史書みたいに、誰かが書いたものを引き継ぐ形なんですね。
古月さんのVTuber遍歴
──古月さんが最初にVTuberを見られたのって、いつ頃ですか?
古月:この質問、私にとっては難しいんですよ。というのも、気象会社のウェザーニューズが「SOLiVE24」っていう生放送番組を24時間放送していて、そこに「WEATHEROID Type A Airi」という子が出てくるんです。そこがまず10年前の起点となっているので、どこから見始めてたかはVTuberの定義によって変わります。キズナアイに関しても、まだチャンネル登録者数が3桁くらいの頃から7年以上は見ていました。バーチャルYouTuberって言われれば7年見てるし、解釈を広げれば10年見ているという。
──バーチャルYouTuberに惹かれる前段階として、ウェザーロイドに慣れていた経験が大きかったんですかね。
古月:そこが実は繋がってはいなくて、それ以外にも雪猫カウのように、似た存在はいくつか見てきたのですが、キズナアイを見た時には頭の中でそこがすぐには繋がらなくて。「これはすごいぞ」という驚きの気持ちの方が強かったんですよね。というのも、YouTubeというプラットフォーム上において「私はバーチャルYouTuberです」という具合に目の前で動くキャラクターがいるんです。経験したことのないような感覚というか、見た瞬間に「これは流行る!」って思ったんですよね。
──なるほど。
古月:瞬間的な情動だったから、その前段階はあまり関係なくて。加えて、私は当時、ニコニコの方で活動していたので「ニコニコならもっと流行るのに」って思ったんですよ。後にニコニコにもキズナアイの切り抜きが投稿されはじめて、そしてあることをきっかけにニコニコで大流行するんです。それが現在のVTuberに繋がるわけですから、なんと言いますか、早すぎたかもしれませんね。
──古月さんは、「一人をすごく見るタイプ」と「多くを広く見るタイプ」のどちらですか?
古月:広く見るタイプだと思います。2018年頃にVTuberのファンであった方々は多くがそのような追い方をしてると思うんです。
──まだVTuber全員を追えていた時代ですね(笑)。
古月:それこそVTuber全員を視聴していた人もいますし、私も似たようなことはしましたから。その癖が今でも残っているのかなと。とはいえ、自分的に一番熱かった時期は「アイドル部」の初期ですね。2018年から2019年の10月まで。あの頃は仕事も忙しかったですし、学業も大変でしたけど、ずっとリレー配信を見ていました。それを本当に楽しみにして、毎日過ごしてました。
──それを経て、今一番見られているVTuberは誰ですか?
古月:一番は……にじさんじの来栖夏芽さんかもしれないです。アイドル部が散り散りになったり、ファンのいざこざがあって、VTuberをどうにも落ち着いて見られる状況ではなくなったわけですね。そんな中でなんとか落ち着ける場所を探そうと思ったら、にじさんじに行き着いたんです。私は元々ラジオをよく聴いていて、それがきっかけでロックが好きになり、アイマスに出会った時にも多田李衣菜を担当するようになりました。夏芽さんは、初期衣装が多田李衣菜に共通するような、いわゆるバンギャに近いロックスタイルの衣装だったことと、ホスピタリティがあることが好きでした。そして気付けば、自分にとってはそこが一番落ち着ける場所になったのかな、って思いますね。
──「安心して推せる」って結構新鮮な感覚ですね。VTuberってファンコミュニティの独特な色みたいなものがそれぞれあると思うんですけど、そこの居心地も非常に良かったんですかね?
古月:そうですね。居心地が良くて、優しい人も多かったです(笑)。
VTuberの歴史について
──古月さんは歴史書を編んでらっしゃるとのことですが、『青春ヘラ』はVTuberを初めて見る人が読んでも面白い雑誌にしたいと思っているんです。もし古月さんが「今からVTuberを知りたい!」という人に対して歴史的な解説をするとしたら、どういうふうに分けられるのかをお伺いしたいです。まずVTuberの起源をどことするのかという話にもなると思うんですけど、始まりはキズナアイとする説が一番有力ですよね。
古月:そうですね。色んな論文や文献を見てきた中でもキズナアイ以外を起源として扱っていることはほとんどないです。それはやっぱり、キズナアイが「バーチャルYouTuber」を自称して名前がついたところが大きいんですね。似たような存在は過去にも「ゴリラズ」とか沢山いるわけで。そういった文脈は置いておいて、その後出てきたVTuberは(直接的でないにせよ)キズナアイに憧れたり、影響されて登場したわけなので、このカルチャーの始まりに位置づくのはキズナアイと見て間違いではないと思います。
──キズナアイ以降と言いますか、キズナアイの次に何かピンを置くとしたらどこがターニングポイントですか?
古月:ターニングポイントとしては、ばあちゃる、電脳少女シロ、ときのそら、ねこます、のらきゃっと、藤崎由愛といった存在が生まれた時期です。私は便宜上、「バーチャルYouTuberビッグバン期」と例えています。でも、「バーチャルYouTuber」っていうのは当初、キズナアイの二つ名でしかなかったわけですよ。これを大きくねじ曲げたのが、先ほども話したニコニコ動画の存在なんです。実はこのきっかけとなった動画は私の知人が投稿したものなんです。
──え、そうなんですね。
古月:彼はいわゆる淫夢厨で、キズナアイが「怪獣先輩」を「野獣先輩」と間違えて発言した動画を切り抜き、大きく再生数伸ばすことになるんです。ただ、この切り抜きの再生数やマイリスト数は工作で水増しされてるんですね。これもまた別の知人の仕業だったわけです。
──なるほど。
古月:だからおそらく、最初は切り抜きと工作によって「バーチャルYouTuber」が広まったのがキズナアイブームの始まりなんです。その後、実際にはミライアカリの斎藤さんの実況であるのに「バーチャルYouTuberキズナアイさん、生放送中に問題発言!?.mp4」という釣り動画が投稿されます。動画内にキズナアイと間違われるような描写があったからなんですけど。
──それが理由で、ミライアカリが「バーチャルYouTuber」だと思われるようになったんですね。
古月:はい。最初はニコニコ動画のアングラなカテゴリーの中で起こってバーチャルYouTuberの存在が広まったことで、「電脳少女シロ」や「ときのそら」、「藤崎由愛」にも同じ名称が使われることになって。キズナアイやミライアカリを一括りの似た存在として発掘するユーザーが現れ始めるわけです。
──ジャンルが「発見」されていくと。
古月:ですからビッグバンというふうに例えているんですが、実際この期間っていうのはとても短いんですね。
──確かに。
古月:発掘された段階ですぐ、今は『NEEDY GIRL OVERDOSE』の作者としても有名になっている「にゃるら」氏が「キミは「バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん」を知っているか!?」をブログに投稿したことで、はてな界隈で流行ったんですね。
──自分の周りでもその記事を契機に知る人が多くて、にゃるらさんはすごいなぁと思います……。
古月:この流れがTwitterにも波及して、これによってバーチャルYouTuberという概念が完全に変化しました。
──キズナアイだけだったのが、拡張していくんですね。
古月:その後に輝夜月が動き始めると「首絞めハム太郎」と言われるようになり、すぐに「バーチャルYouTuber四天王」の呼び名が生まれ、ここまでくるともうキズナアイだけの肩書きでは全くないわけですね。それに付随して、当然バーチャルYouTuber好きのファンコミュニティも形成され始めます。
──肩書きがジャンルに変化していく、と。
古月:そうです。ジャンルとして固めるのに貢献したのは、ニコニコ動画の動画集ですかね。「バーチャルYouTuberよくばりセット」が投稿されます。
──あ、見たことあります。
古月:「よくばりセット」シリーズは、先ほどから言っているような「例のアレ」文化の一つで、元々は「ホモの欲張りセット」みたいなタイトルをバーチャルYouTuberに変えたもので、バーチャルYouTuberのカルチャーは当時はまだアングラな部分に居たわけですね。逆に言うと、アングラな分そこにアンテナが強いユーザーが飛びついたことで再生数も伸びたと私は考えています。この動画の誕生が新たなバーチャルYouTuberを知る窓口であり、誕生する窓口にもなったわけです。
──そんな経緯があったんですね。
古月:その一方で、切り抜きを「例のアレ」カテゴリーからエンターテイメントカテゴリーっていう普通のカテゴリーに移動させるよう促すユーザーも現れ始めて。今のVTuberシーンでは、そういった背景はもう完全に忘れ去られています。ですが少なくとも、その動画を投稿した私の知人をはじめ、移動させるよう促すユーザーがいなければ今のシーンの状況にはなっていなかったと思います。
──それがだいたい2017年くらいですか?
古月:そうです。
──個人的には、その次にターニングポイントを置くとしたら月ノ美兎なのかなって思うんですけど、古月さん的にはどうですか?
古月:難しいですが、厳密にはまだターニングポイントがありまして、2017年にミライアカリさんが行った生放送で赤スパが飛んだんですね。当時はまだ配信じゃなくて動画主体でしたし、VTuber以外のコミュニティからすれば1000円投げるだけで驚かれたりするんです。当時のコミュニティでもかなり驚かれて話題になって。その放送の関連でミライアカリがニコニ立体っていうニコニコの3D関係のプラットフォームでMMDのモデルを配布しました。これがすごい人気で、ニコニ立体をサーバーダウンさせてしまうんです。で、これが落ちたことによって当時のドワンゴの社員さんとか、後にバーチャルキャストなどを作る3Dチームが緊急会議招集されたって話が雑誌『Febri』で語られていて。VRM等、共通フォーマット開発の起点にもなりましたし、ニコニコ超会議でバーチャルYouTuberが出るきっかけにもおそらくなったはずです。たった1ヶ月で「バーチャルYouTuber」の基礎が急速に作られていったのだと思いますね。本当に毎日がお祭り状態でしたね。
──一番濃かった時期ですよね。2018年のクリスマスくらいから、また風向きが変わってきますよね。
古月:そうですね。2018年になると「バーチャルYouTuber」から「VTuber」っていう略称に変わってきます。誰が最初に呼び始めて定着させたのかは、正直まだ私たちも分かっていなくて。例えば「さはな」さんは動画内で「VTuberと呼びませんか」って呼びかけをしていますが、これが本当にさはなさんだけの影響なのかは分からない。でも、「VTuberって略そうよ」みたいなツイートはTwitterでちらほら見たんですよね。話を戻すと、VTuberは2018年に入った段階で個人・企業共にデビューが増えてきまして、これはやはり2017年のカルチャーの立ち上がりを観測していたから「VTuberを始めよう」と思う方々が出始めた感じですね。
株式会社アップランドがバーチャルYouTuber勉強会をやったり、勢いが止まることを知らなかったのは2018年全体にかけてです。どんどん企業も個人も増えていく。増えていく中で面白いことがたくさん出てきた。ただひとつだけ、当時の炎上事件は今と比べて少なかったですけど、今でも根を張ってしまった出来事が起きました。それがいわゆる「Discord事件(D事件)」と呼ばれる事件です。ディスコードコミュニティを立ち上げようとしたVTuberがそのディスコードを使ってコラボしたんですね。当時はコラボ自体も珍しくて話題になったんですが。
──そんな事件が……
古月:当時、VTuberは設定に忠実であるべきだという信念を持っている方々が多くて、加えてコミュニティに反した発言やトラブルが起因して、VTuberのコラボ、特に男女コラボ自体に後ろめたい流れを生んでしまって。それが今でも根強いんですよね。これは憶測の域は出ないんですが、その当時の様子が今の空気感にも影響してる体感があります。
──ロールプレイに従うべきって価値観も、今のリスナーからしたら結構意外ですよね。
古月:そうですね。逆に、この後ろめたい空気を打ち破ったのが「ぜったい天使くるみちゃん」や「あっくん大魔王」たちの「天魔機忍」で、個人Vを盛り上げる起爆剤にもなりました。後に「悲劇のバレンタイン」と呼ばれる214事件で絶対天使くるみちゃんのTwitterアカウントが消失して、表舞台に現れなくなる事件があるんですけど。短期間でこういうことがあったからこそ、今のカルチャーが続いているのだと思います。
──2018年といえば自分はBANsの大規模コラボが印象に残ってまして、個人間での連帯が強かったようなイメージがありました。だからそのお話は結構意外でしたね。
古月:そうですね。逆に連帯を強めるきっかけになったのかもしれません。
──あーなるほど。
古月:BANsが活動し始めるまでにも変遷がたくさんありましたから。個人同士の交流がうまくいくように。
──そうだったんですね。あとは2018年といえばにじさんじとホロライブが出てきた年ですが、個人的に月ノ美兎の登場は贔屓目に見ても大きかったような気がします。全体の歴史を俯瞰した時に、月ノ美兎はどういうところがすごかったんですか?
古月:ちょうど今214事件の話をしましたけれども、実は同じ日に月ノ美兎が「これがバーチャルYouTuberなんだよなあ」の発言をしています。この発言って要は、配信上に自分の姿が現れない状態で配信をして、「でもこれでもバーチャルYouTuberと言えるよね」くらいの軽い発言だったと思うんですよ。しかし、そう発言したことで話題になりました。委員長はそういったある意味「掟破り」な驚きがあって。「10分で分かる月ノ美兎」の切り抜きが伸びたことも大きかったですね。彼女が「ロールを守らないといけない」という意識を崩したんです。月ノ美兎の登場によって、設定を重要視するのではなく、VTuberではなく「にじさんじ」というジャンルになっていく。ただ、にじさんじの現状を見ていると、かつて「にじさんじ」らしかったものが今のVTuberそのものの草分けとも言えますよね。
──にじさんじはちょっと別物だったというのは、2Dモデルだったからというのもありますか?
古月:それは大きいですね。かつて、げんげん(源元気)も2Dで投稿していたので、バーチャルYouTuberと呼べるのか議論になりました。
──多様性によってバーチャルYouTuberの定義がどんどん広くなっていく感じですね。
古月:そうですね。
──お話をお聞きして、バーチャルYouTuberからVTuberへと言葉が変わっていったのは、多様性の面において重要だったような気がしました。
古月:はっきり変わったというよりは、だんだんと変わったという方が感覚的には合うんですけれど、正確に文章に残ってるわけでもないですし、数値的なものでも残せないですから、本当に私たちが体感的に語るしかない内容ですね(笑)。学術的な面では正確性が欠けるとは思いますが。
──先程ミライアカリの配信で赤スパが飛んだお話がありましたが、私の記憶だとこの頃には高頻度で赤スパがバンバン飛んで「スパチャ文化」が普通になってきたイメージがあります。
古月:配信文化自体が、2018年後半くらいから増えてきたのでその影響かなと。「スパチャを投げることでVTuberへの還元になるぞ」という空気感があったのは記憶にあります。そもそも初期のVTuberは収益化が難しかったので。
──あっ、確かにそうでしたね。
古月:富士山の樹海で死体を映したYouTuberがいて、それがきっかけで収益化基準を見直す動きがあったんです。バーチャルYouTuberのブームはその時期に丸被りしていて、ずっと赤字続きでやっていたバーチャルYouTuberに対して「お金を投げさせろ」と主張するファンが一定数いたように思います。
──最近ではよく見る光景ですけど、そんな時代から……。
古月:いわゆる「払わせろ詐欺」みたいなものはこの時期あたりかなと。
──収益的な面で、動画よりスパチャの方が直接お金が入るからというのも、配信主体になっていく一因でもあったってことですか?
古月:それはありますね。それに、動画は編集コストも高いですし、配信の方が楽だと乗り換えていったVTuberも何人か知っています。
──今のお話で自分の中で繋がりました。収益的な理由で動画から配信が主体になって、配信主体になったことによって切り抜き文化が芽生えていったわけですね。
古月:切り抜き自体は、さっき言っていた「欲張りセット」みたいなものが昔からあったので、ニコニコなどのプラットフォームに既に根付いていました。ただ、VTuberの配信が増えたことによって短く見られるよう切り抜き動画の需要が高まり、ちょうどVTuberコミュニティにマッチしていたことが加速の要因であると思います。ですが、はっきりとは分からないのが現状です。
──有益なお話をありがとうございます。それ以降に関してはいかがですか?
古月:2019年は流行にさらなる拍車がかかった一方、後半になると悲しい出来事も多かった1年でした。当時、主要な箱として「にじさんじ」も人気でしたが、他にも「アイドル部」がありました。電脳少女シロの後輩として12人が活動しており、「箱推し」を売りにしていたんです。みんなでリレー配信を始めたりして、多くのファンがいました。もう1つは「ゲーム部」で、こちらは動画を中心に演劇動画やゲーム実況等で活動していたんです。でもこの2つは炎上やトラブルを起こしてしまい、業界に大きな変容をもたらしてしまいました。当時、どちらも今で言えば「にじさんじ」「ホロライブ」「ぶいすぽっ!」のトップ3に並べてもいいくらいの規模感だったんですけど。アイドル部は生放送や活動側の運営体制について異を唱えるツイート・配信があってメンバー間に揺れ動きがあって。ファン自体も分裂しちゃったんです。
──ハマっていた友達がいたので、リアルタイムで耳にしてましたね……。
古月:結局、箱が完全休止となって、ファンは絶望の淵に立たされてしまいました。それを受けて、業界全体を通してもっとコンプライアンスを徹底しよう、という流れになったと思います。ゲーム部は人気なのにも関わらず、ファン増加のための施策として声優の交代を行い、大きな非難を浴びました。2019年、これらのトラブルがVTuber界隈全体を意気消沈させてしまって、VTuberファンがちょっと離れてしまった。中の人を変えることは御法度だと常識になったのはこの時ですね。
──我々がVTuberのアイデンティティをどこで捉えてるかっていう疑問に大きく関わってくる事件ですよね。若干話が逸れるのですが、古月さんがVTuberの歴史を蓄積していこうと思ったきっかけってあったんですか?
古月:いま語った2つの事件から様々なことを得て、その後にも自分の推しVTuberがいなくなっています。「VTuberは消えるものなんだ」という認識がファンの中に芽生えてきて、2019年以降はその潮流が強くなってきて、2020年には新型コロナウイルスが蔓延して、暗い風潮が酷くなっていくわけですよ。VTuberによってはTwitterとかチャンネルを削除しますし、そういう様子を見て「残さないと消えるんだな」っていう感覚をまざまざと感じました。
──だからこそ魅力的な部分はありますけど、やはり辛いですね。
古月:個人的にもすごく応援していた箱が沈んでいくショックは、とてつもなく大きかったです。だからこそ、残そうと思いました。
──本当に素晴らしい取り組みだと思います。VTuberの歴史にとっても、2020年の新型コロナウイルスは大きかったんですね。
古月:そうですね。電脳少女シロは毎日動画を投稿してたんですけども、その連続記録が途絶えたのもコロナ関係です。VTuberはスタジオが使えないことで、3D関係のことができなくなって、ビジネスとしてもようやく集客を見込めるくらいの規模感になったのに、イベントが全くできなくなってしまうんですね。会社が負債を抱えたりもしました。逆に、巣ごもり需要はVTuberのブーストにもなっていて、視聴者数もだいぶ増えましたし、悪いことだけではありませんでしたが。
──自分の感覚としては、その時期には完全に「にじさんじ」と「ホロライブ」の二強だった記憶があります。
古月:それは正しいと思います。2020年に入ってくると、そういう勢力図だったと私も記憶してますね。
──その勢力図って、結構変わらずに続くと思うんですけど、変化があるとしたらいつですか?
古月:国内だとにじさんじやホロライブの二強感覚が強いですが、海外に目を向けてみれば二強どころか三強です。VShojoは、Twitchでの公式的な立ち位置としても注目せざるを得ないような状況になっていますし、アイアンマウスが女性ストリーマー1位になったりしてるので、勢力図は(海外に関しては)常にどんどん変わっていますね。にじさんじでも、Vox AkumaやにじさんじENメンバーが人気になっている側面もありますし。もう少し国内に沿うと、Brave group(RIOT MUSICやぶいすぽっ!運営)が強いですね。Braveがeスポーツの方面で伸びていく例を見て分かるように、VTuber業界以外で伸びて結果的にVTuber市場が活性化する状況でもあると思います。
──VTuberの市場自体がどんどん成長していくというよりは、分散して各地に散らばっていってるから全体も活性化しているわけですね。
VTuberの研究について
──VTuberの歴史についてここまでお訊きしてきましたが、VTuberに関する専門研究で、古月さんが注目しているものってありますか?
古月:『ユリイカ』以外だと、論文集『ポストメディア・セオリーズ』がありますね。私は大学の先生とリプライを交わしたりとか、専門家の方々と喋ったりしますが、実は専門学校卒で、座学の一環でメディア学を学んでいたんです。なのでVTuberをメディア学の範疇だと考えていて、この本で北村匡平さんがVTuberを核とした論文を書き残しています。この文献は二次創作の分析もありまして、VTuberに対してあまりされてこなかったメディア論的な切り口からの解釈は純粋にとても面白いと思いました。
──2021年刊行なんですね。ということは、かなり重要な参考文献になりそうです。
我々はなぜVTuberを愛しているのか。
──最後のトピックとして、根本的な疑問に戻らせていただきます。古月さんは、ご自身がここまでVTuberに惹かれる理由を、どう分析されてますか?
古月:私が、我々がなぜVTuberを愛しているか、自分でもはっきりとは分からないんです。VTuberという存在の特殊さも要因の一つだと思います。「VTuberフェティッシュ」の概念をフェティシズム論の方面から検討していますが、やはりアバターは入り口であると私は考えていて。アバター・キャラクターの容姿から好きになることもありますし、ガチ恋距離でドキドキした経験がある人も少なくないと思うんですね。他方で、歌とかトークとかゲームプレイとか、難波論(三層理論)でいうところの「ヒューマン」に由来する要素を好きになる人もいる。同じく『ユリイカ』所収の皇牙サキ論で、ブースト型とギャップ型が分類されていますが、そういう回路で好きになることもあります。でも、正直言ってVTuberは特殊すぎるから整理できないんですよね。これだけ長く見てきたから、感覚としてうっすら理解はしているんだけど、もっと言語化できる要素があるような気がしてしまう。VTuberを応援したり、その周りで活動する中で嫌なことも色々あって、酷い目にもあっているわけですが、それでもVTuberが好きなのは、執着せざるを得ない要因があるとは思うんですよね。ただまだそれが何かは分からない。
──逆に言うと、それを言語化しきれないうちはずっと好きでいられそうですよね。
古月:それもそうですね。とにかく、離れられない。仲間内で5年以上追っている人ともよく話すんですけど、「これは呪いだ」っていう話をします(笑)。
──呪い(笑)。
古月:本当に呪縛のように離れられないんです。私だって色々なVTuuberを見たり、関わる中で、VTuberカルチャーそのものと距離を置きたいと思うこともあります。やっぱり人間ですからね。それでも最終的に離れられないのは、もう呪いと形容するしかないです(笑)。
──愛と呪いは紙一重ですからね……。最後になるんですが、古月さんの今後の活動や展望をお聞かせいただけますでしょうか。
古月:今日は基本的にライターや記録周りの話を中心にしましたが、冒頭で話したようにVTuber事務所の運営にも関わっていますし、VTuberジャーナリストという立ち位置として本の出版の話も進めてはいるので、業界に大きい潮流を起こせるよう頑張りたいです。ですが、一番の根本としてあるのは歴史の記録なので、軸を大事にして自分のやりたいことを頑張ります。私は「やりたいことをやる」を信念に持ってるので、やりたいことをずっとやりたいようにやるのが一つの目標です。
──本当に歴史書の出版が楽しみです。本日はありがとうございました!
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