【パートナー体験談】妻がガンになった。そのとき、僕は・・・①
「ガン健診に行ったら、再検査した方がいいって言われちゃった。」
仕事を終えて家に帰ってきた僕に、妻はこう言った。
触られるの嫌だし、めんどくさいという事を理由にしていた妻が
主治医の先生が帰ってきたからということでガン健診に行った日の夜だった。
「そっか。再検査した方がいいよ。」
仕事帰りで疲れていた僕は、何の気なしにそんな返事をした。
今振り返るとその時の妻の不安を、受け取ってあげられていなかったと思う。
妻は僕の1つ年下で35歳。
3人の元気な子供を授かり、一番下の息子は8歳で小学校2年生になっていた。
5人の家族は、大きなケガや病気をしたことがなく、にぎやかな家庭だった。
子供は3人とも帝王切開で出産した。
3人目の子供の時に「早期胎盤剥離」となってしまい、かなり早い段階から入院をした。
予定日より1か月以上早い緊急オペとなり、1800gという小ささであったが無事に生まれてきてくれた。
手術中に妻の血圧が上がり大量の出血があり、妻は危険な状態だった。
その後、妻は、回復し元気になったが3人目を産んだ後の健診に行って以来、産婦人科に行くことはなかった。
結果、8年ぶりに行った産婦人科でガン健診で再検査を指摘されたのだった。
「子宮頚部に異形成があるから、来月、病理検査をした方がいいって。」
僕は、異形成という言葉に戸惑った。
妻は、つづけて健診の内容を教えてくれた。いつもと変わらない口調だったので、僕は、その時はあまり心配をしていなかった。ガンに関しての知識は全くなかったので、どんな症状かも分からなかったからだ。
その日の夜、僕は、インターネットで妻の病状を調べていた。妻が淡々と説明していたがはやり気になっていた。検索ページを見ていけば見ていく程、「女性器の癌」というキーワードが目に止まり。徐々に不安と心配が増していったのを覚えている。病状、治療法、闘病生活、生活の変化、若くして命を落とした方の話・・・、不思議なもので、そういった時には、悪い方、悪い方の情報が目につき不安を抑える事が出来なかった。
翌月、妻は一人で健診に行った。とても不安だったと思う。
そして、異形成の一部を切除し病理検査を行った。
「病理検査の結果はね、上皮内癌だったよ。」
「私ね、子宮を全摘出しようと思う。」
身近な人から、初めて「癌」という病名を聞いた僕は、少し戸惑った。
「でもね。大丈夫。早期発見だし、摘出すれば、転移もないから大丈夫。」
以前とは違った口調で説明を続ける妻は、大丈夫という言葉を自分に言い聞かせているようだった。ガンについての知識がまったくない僕は、その言葉を信じて受け入れることしか出来なかった。
子宮の摘出について妻と話合いをした。妻のお母さんは、30代で同じように子宮の全摘出手術をしていた。私たちも、3人の子供を授かったこともあり、妻はこれからのリスクを考えて摘出の方向で決めているようだった。
しかし僕は、臓器を全摘出するという事に対してやはり抵抗があった。卵巣は残るのでホルモンバランスも崩れないと言っていたが、仕事で僕の帰りが遅い日々を考えると少なからず、育児や夫婦の時間が少なくなりストレスがかかることは容易に想像ができたからだ。
そうなった場合、再発をする恐れがあるのではないか?という漠然とした不安を持っていた。
そして、仕事や育児、家庭での役割や休日の過ごし方などを互いに話し合い、全摘出をすることに決めた。後日、先生に話をしに行って手術は5か月も先の10月に決まった。手術の説明を受けている時に、忘れかけていた3人目の出産を思い出した。
「帝王切開と同じ箇所から開腹します。また血圧が上がった場合は、危険な状態になることがある事を、心しておいてください。」
不安を押し殺すように承諾書にサインをした。その間、妻はあまり言葉を発さなかった。
これが本当に最善の方法なのか。という僕の迷いはしばらくの間続いた。
手術の日程が決まった2か月後、妻は、体調が悪いといって会社を休むことが多くなった。
そして、3か月後には、休職申請をして自宅療養となる。普段の生活に支障はなかったが、「ちょっと横になるね」と日中からベッドで横になる事が多くなっていった。病気と手術への不安が大きくなっていたのだと思う。
10月10日。
予定通り手術の前日から妻は入院した。仕事が忙しかった僕は、当日の朝に病院へ行き昼過ぎからの手術を一緒に待っていた。妻は、それまで「大丈夫、大丈夫」と言っていたが、僕の手を握り気持ちを落ち着かせるように、目をつぶって静かにベットに横になっていた。
手術の予定時間から1時間後、名前を呼ばれた。病室を出て、看護婦さんと話をしながら20mくらい先の手術室の扉まで歩いていく妻の背中を、僕は、じっと見つめていた。
説明を受けたときの「血圧があがったら・・・」という先生の言葉がよぎる。
「もしかしたら、これが妻を見るのが最後かもしれない・・・」
妻の歩く背中をみながら、感じたことのない不安が押し寄せてくる。そして、大切な人を自分のチカラで守れないときの虚しさと無力さがこみ上げてきた。どうすることもできない僕は、ただただ妻の背中を見つめることしか出来なかった。
そして、妻は、僕の方を振り向くことなく、ゆっくりと廊下の奥にある手術室へと消えていった。
つづく。
前回記事も一緒にご覧ください。(Q.パートナーとどう関わっていくか)