視野の狭さ
最近、つくづく自分の視野の狭さを実感します。
物事の色々な見方を子どもたちに教えてもらっているような、そんな時さえあります。
みなさんは
「雪が溶けたら何になる?」
という問いに対して、どのような答えを出すでしょうか
水になる?
あったかくなる?
春になる?
様々な解釈の仕方によって、実は多様な解答が用意されていたりもします。
では、どの答えが正解なんでしょうか?
そんなの、その場の環境次第じゃん。って言われてしまいそうですが・・・
そうではなく、最近は『そもそも問自体が間違っているかもしれない』ということを疑わなければならないと考えるようになりました。
自分たちが子どもたちに問いかけている【問】は果たして本当に問として成立しているのでしょうか?
正しい答え(引き出したい答え)ばかりを引き出そうとするあまり、急いだ問づくりとなってしまい大切な内容を見落としていないだろうか
そんなことを、ここのところよく考えます。
問題を作成する立場にいる以上、このことについてもっと危機感を持つべきだなと毎日反省しなきゃと駆り立てられております。
そして、多くの答えが存在してしまうことを憂うのではなく
むしろ、プラスの発見として尊ぶことができるスタンスでいたいと思っています。
論理は破綻していない。
であれば、その答えにたどり着くまでのプロセスをしっかりと認め、評価してあげることが本当に大切なことなんだと実感する今日この頃です。