曲が分身する? スマブラSPのメニュー曲が飽きないその理由とは
こんにちは、クレスウェアの奥野賢太郎です。先日『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』が発売されましたね。今回はそのゲームタイトルから、BGMとして特に印象に残った1曲を紹介します。夏に書いた前回の記事からずいぶん間が空いてしまいましたが、これは紹介せねばならないという機運に恵まれました。
『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』というのは任天堂が発売するアクションゲームタイトルで、『スマブラ』の略称で知られる大人気シリーズの最新作です。マリオやポケモンといった任天堂の人気キャラクターの他、ロックマン、ソニックといった任天堂以外のキャラクターも登場する、まさにオールスター総出演の夢のようなタイトルなのです。
そこで今回紹介するのが、この『スマブラSP』のメニュー画面で流れるBGM、曲名はずばり『メニュー』。
オールスター総出演にふさわしい導入曲を
歴代のスマブラシリーズでは、電源投入後お約束としてデモムービーを流したあと、タイトル画面、メニュー画面へと進みます。今作スマブラSPでも、それは同様です。
タイトル画面はおそらく意図的に無音にされており、デモムービーの主題曲と、ゲーム開始後の一発目を飾るメニュー曲という2曲が際立つよう設計されています。
主題曲は広報媒体にも使用される曲であるため、事実上、メニュー曲がこのゲームを始めて最初に広がる音楽世界なわけです。ここでその作品が持つ音楽観が示されると言えます。
さて、スマブラといえばオールスター総出演ですが、今作スマブラSPでは史上最多となる74キャラクターが登場します。シリーズも、ゲームメーカーも超えた、ある意味現代日本のゲーム史を体現する豪華絢爛な74キャラクターにふさわしい曲といえば、どんな曲になるでしょう?
それを聴いてもらいましょう。ちょうどHIKAKIN氏の実況動画で該当部分があったので引用します。フルバージョンはぜひゲームのサウンドテストで。
派手 + 派手 + 派手をまとめあげる
この曲の特徴はなんと言ってもポップで煌びやかなオーケストラサウンド、スパイシーなスラップベース、そして押し寄せてくるクワイヤ。まさに派手要素のオールスター。
スマブラは19年続く老舗シリーズで、スマブラSPはその5作目です。歴代のメニュー曲は、お約束として分厚いホルンセクションに、鋭いトランペットの旋律という組み合わせになっていました。今作でも、これぞスマブラと思わせる分厚いホルンのセクションは健在しています。
ここで過去のメニュー曲を少し振り返りましょう。
2作目スマブラDXは、すべてがシンセサイザーの打ち込みによるオーケストラとなっており、マーチングスネアが刻まれる、緊迫感があり、かつファンタジックな曲となっています。
3作目スマブラXでは、ファイナルファンタジー・シリーズの作曲でおなじみの作曲家、植松伸夫氏が主題曲を手がけました。そのアレンジであるメニュー曲も植松節が随所に感じられ、ともするとFFかなと感じることさえある曲です。これは2作目の世界観 + 植松節といった雰囲気にまとまっています。
4作目スマブラforは、2, 3作目の正当進化といったところ。分厚いホルンにトランペットというお約束要素を踏まえた上で、エレキギター、エレキベース、ドラムセットといった要素が加わっています。ロックなテイストが加わったことで、ファンタジー感にメタルなゴリゴリさがプラスされ、よりファイティングな方向に進化したといえます。
さて5作目の今作。先に述べたように、ホルン+トランペットのお約束を踏襲していますが、かなり思い切った方向に振ったのがよくわかります。
派手にうねるシーケンスによる弦セクションに、THE・スマブラなホルンセクション、バッキバキのスラップベースという尖った導入のあと、トランペット、エレキギターによるサビ区間、ストリングスが美しく流れる裏ではかなり手数の多いドラムセット…という大変「派手!」なサウンド。これまでの、ある意味ゲーム音楽らしいファンタジーオーケストラから一転して、アメリカのミュージカルで流れていそうな熱いオーケストラに仕上がっています。
ただ、前菜からデザートまですべてが高カロリーの超高級食材…みたいな状況だと逆に飽きてしまいそうですが、一体どういう曲構造になっているんでしょうか。
それについて考察する前に、先にスマブラのメニュー画面で流れるBGM特有の事情について触れておきましょう。
スマブラのメニュー曲事情
歴代のスマブラシリーズにおいて、メニュー曲というのは案外一番長いことプレイヤーが聴く曲かもしれません。というのも、タイトル画面が終わってから実際の対戦が始まるまで、ルール、ステージ、キャラクターの選択といった対戦の準備にかかる作業の間、ずっと流れている曲だからです。
対戦が終わって勝敗が決まっても、またキャラクターの選択画面に戻ったら同じメニュー音楽が流れますし、対戦準備以外である設定画面や一人用モードの選択でも、この曲が流れています。対戦中はステージごとの音楽が流れるため毎回同じ曲ではありません。ということは、対戦ゲームでありながらも、対戦以外の時間に聴いている曲が一番長いこと聴く可能性すらあるわけです。
そんなに長いこと同じ曲を聴かれるということは、デザイナーは飽きの問題に直面します。プレイヤーがメニュー画面のBGMに飽きてしまうと、肝心の対戦に進む導線においてモチベーションを維持させることができず、離脱につながってしまいます。これは対戦中のBGMに飽きられることより、ずっと深刻です。同様の懸念は往年のRPGタイトルのザコ戦闘BGMにもいえます。デザイナーとしては、プレイヤーに飽きさせない何らかの工夫を入れる必要があります。(ここでは作曲家、編曲家、サウンドディレクター、サウンドプログラマーなどのゲーム音楽演出に携わる役職を、便宜のためにデザイナーと総称しています。)
過去のスマブラシリーズでは、それをランダム曲再生や、曲セレクト機能などで解決しようとしました。簡単に言うと、メニュー画面で流れる曲をいつもと違うものに変更したり、勝手にランダムに変更したりするものです。といっても通常の他に『メニュー2』という曲があったりする程度で、あらゆる曲から選べるわけではありません。これでも、多少の飽きは緩和できます。
飽きさせないゲーム音楽づくり
ゲーム音楽と飽きの関連性というのは、ゲーム音楽史のなかでも特に研究された分野と個人的には感じます。ファミコンのような容量に限界のある環境での音楽は仕方ないとして、ストリーミング再生が可能になったこの10年辺りで、特に考察が進んでいるようです。
飽きを防ぐ手法としてひとつは、単純に曲を長くすること。長くなればそれだけ様々なフック(きっかけ)をもってプレイヤーの耳に体験を与えるため、飽きがきにくいという話です。デメリットとしては作曲者・編曲者にとっての制作の労力に直結します。ゲーム音楽で数分レベルの曲を作るって、意外とネタ切れするもの。同じネタの変奏集になってしまいがちで、結局そのネタに飽きられる懸念もありますね。
ちなみに『無限回廊 光と影の箱』というゲームタイトルには75分07秒の曲が収録されており「1時間以上ループしないため飽きない」という力技を発揮させ、ギネス記録にも載ったそうです。
もうひとつの手法として、最近かなり積極的に導入されているのがインタラクティブミュージックです。それは何かというと、プレイヤーの操作によって曲の展開が変わるという、サウンドメイキング + サウンドプログラミングの合わせ技によって成される、現代ゲーム音楽の表現手法のことです。ボスを倒したら音楽がフェードアウトせずにちゃんとエンディングに移行して終わる、といったものですね。
インタラクティブミュージックについては、じーくどらむす氏がよく取り上げられていて下記のブログ記事に詳しいです。任天堂でも採用ページにて『インタラクティブなサウンド表現』という文言を用いるなど、業界全体でこの考え方は進んでいるようです。(18/12/12: 一部事実誤認が含まれていたので修正いたしました)
今回紹介するスマブラSPの『メニュー』は、手法でいえば長くする方向に解決させたようです。重要な曲ではあっても、メニューの選択中に流れる曲ですから、そこまでプレイヤーの操作によって展開をガラガラ変えるわけにもいきません。
メニュー画面でのインタラクティブ要素といえば、任天堂のマリオカートシリーズでは最初を静かにしておいて、項目を決定するごとに楽器が増えていき、最終決定の段階ではすべての楽器が鳴るように設計されていたりします。しかしスマブラで最初を静かにするわけにはいきません。最初こそハデハデでないといけないのです。
なので長くするしか方法は無さそうですが、スマブラSPはこれをさらにダイナミックな方法で昇華させてしまいました。
曲の分身
まず『メニュー』自体の曲の長さがポイントです。1ループ約2分30秒という長さ、十分な尺です。ゲーム音楽において2分を超えたら長めな部類といってよいでしょう。
そしてダイナミックな方法として私が度肝を抜いたのが『曲の分身』です。
スマブラSPで、タイトル画面でボタンを押してメニュー画面に進むと『メニュー』のイントロが流れます。豪華ですね。そして、ステージとキャラクターを選び対戦をします。対戦が終わって、またステージ選択画面に戻ると、さっきの『メニュー』が流れます。イントロからじゃない気もしますが、対戦前に流れていた箇所の続きからなのでしょう…、きっと。
また対戦をし、またメニューに戻ると、やっぱり曲の流れ始める位置が違う気がします。まあそんなもんだろうと、何度も対戦→メニューに戻るを繰り返すと、あることに気付くのです。
「曲の再生開始の位置は毎回違うけど、いつも特定の小節から開始されてない…?」
そう、スマブラSPの『メニュー』は2分30秒というループの長さに加えて、再生開始の位置が毎回違い、そのスタート地点は複数あり、それがメニューに戻るたびにランダムに抽選されているのです!
長い曲のデメリットとして、せっかく長くしても毎回イントロに戻ると最後まで聴かれずじまいになる、というのがあります。スーパーファミコン中期ごろから、再生位置記憶が実装されはじめ、曲が前に止まった箇所から流れるようになり、それは解消されました。それ自体は、今やノウハウの溜まった技術かと思われます。
スマブラSPがすごいのは、再生位置を記憶して続きから流すことをせず「毎回ランダムかつ特定の小節から再生を開始する」という点なのです。CM音楽も、はやりのポップミュージックも、サビから数秒というのがとても大事。ここが曲の顔として認識されるのです。スマブラの曲もキャラクター性の高い音楽なものですから、中途半端な地点からダラダラ再生するよりも、ビシッといい感じのサビから流したい…、それをこの作品では実現してしまっているのです。
1曲なのに毎回違う曲が始まったように錯覚する…、私の観測範囲は広くないですが、このようなランダムかつ特定の地点から再生という手法は記憶にありません。これは『曲の分身』であると感じました。曲の分身は私が本稿で名付けた造語です。意外と思いつかなかった手法で、ここまで気が回るディレクターやサウンドスタッフはさぞかし優秀でしょうし、このクオリティはさすがとしか言いようがないです。
印象深いメインテーマと多彩な展開
長くなってきましたが、最後に『メニュー』の展開について考察しておきましょう。併せて分身の顔となる複数の再生地点も説明します。
この曲は作曲者が坂本英城氏、編曲者が中鶴潤一氏となっています。ちなみに先に話した無限回廊は坂本氏の作品で、前作スマブラforのメニュー曲は中鶴氏の作品です。
音楽的にはテンポが138、調がE minorの曲です。(もしここで調はそうじゃないでしょ!と突っ込みたい方がいたら、あなたは音楽理論に長けています、もう少しお付き合いください。)
『メニュー』の制作は、先にスマブラSPのメインテーマである『命の灯火』があり、その編曲によるものとされています。これは推測でしかありませんが、『命の灯火』に出てこない展開や、主旋律の上下に流れるカウンターメロディなどは、おそらく中鶴氏によるものだろうとみています。ただ、メインテーマのインパクトは絶大で、主旋律あってこそのアレンジといったところ。この辺りは坂本氏と中鶴氏のパワーが掛け算で増していく強さを感じますね!
そんな『メニュー』の2分半を大解剖した図がこちら。
曲を100%としたなかで、Verseという単位ごとに比率を色分けしたものです。数字はそれぞれのVerseの開始時間、比率、そのVerseに含まれる小節数です。色分けは主観的ですが、サビを赤として、それ以外を展開ごとに青、緑、水色にしています。こうやってみると、いい感じに赤がバラけつつ全体を占めるという構造になっています。
各Verseを、やや音楽理論寄りですが手短に解説してみます。
Introはタイトル画面直後の華々しい出だしを飾ります。3小節という長さが絶妙。続いてA、『命の灯火』ではサビ始まりでしたが『メニュー』ではAメロ始まりになっているのが特徴です。ホルンとスラップベースが目立つこの区間、5小節目からストリングスが絡み始め、9小節目からはカウンターメロディと2ndホルンが絡まり合う多重構造になっています。
Bはサビに繋げる谷の部分、スネアが2, 4拍目から3拍目に移りテンポ感が半分となる箇所です。ここは『命の灯火』でのBメロ旋律よりもカウンターとなるトランペットを前面に出しており、差別化をしている印象があります。サビにつながる手前は、お手本のようなディミニッシュ・コードを活用するモチーフですね。
Cのサビはメインテーマそのもの、トランペットの主旋律にRからのエレキギターカウンター、Lからのストリングスの4拍ソプラノペダルポイントと、これまた王道中の王道アレンジで手堅いです。9小節目からは主旋律をストリングスに交替させ、ホルンとトランペットがカウンターに回ります。
Dでサビの勢いを残しつつ一旦旋律を止めて落ち着く区間に入ります。Eはサビの変奏で『メニュー』のアレンジが光る箇所ですね。ここはサビのチラ見せなので8小節。
FはどうやらBと同一アレンジのようです。このように、あえて同じ箇所を持たせるのも「いま曲のどこを聴いているのか曖昧にさせる」という、ループ飽きを避ける効果があると感じます。ただし後半が5小節になっており、みんな大好き半音上転調へと進みます。
G, Hからは半音転調サビ。アツいアニソンでは必ずと言っていいほどやられるド定番ですが、スマブラという舞台だと自然と馴染むんですよね。前半のGはドラムが止み、トランペット主旋律に高音ストリングスのカウンター、そして押し寄せるクワイヤというミュージカル感高まる箇所。後半Hは、ほぼCのリフレインですが半音上という熱量を持ってさらに派手に聴こえてきます。
そして最後の箇所、Outroと呼ぶにはループ曲のため不正確ですが、Hからの勢いを保ってそのまま締めにいきます。半音転調からのループはなかなか制作時に悩まされる箇所ですが、GF→GF#という斜め移動でそれを見事にやってのけています。2:29にてスマブラXのホルン旋律が一瞬混ざるのは意図的なのか偶然なのか…。
全体を通して感じるのは、B, Fの谷部分やDの抜け部分、そしてOutroの小気味よいループ繋ぎといった、Verseごとのメリハリですね。ここがダラダラしてしまうと、2分半で半分近くがサビという状況、やはり飽きが来てしまいそうです。『メニュー』では前菜からデザートまでの間に、ちゃんとスープやソルベが挟まっていました!
そして肝心の分身ポイントはこちら。
どうやらBから再生するパターンは確認した限り存在しなくて、Aから再生される確率もかなり低い印象でした。確率も等分ではないのかもしれません。驚くのはC, D, F, Gどのパターンでも、再生から16秒以内にサビの旋律に到達する点です。いつも同じ曲が鳴っているような、違う曲なような…、という錯覚が起きるのは、この仕組みとGからの半音転調が要だと思います。
白鍵だけで弾ける『命の灯火』
これは少し専門的な余談になりますが、メインテーマの『命の灯火』は面白いメロディをしています。Aメロは、なんとすべて白鍵のみで弾けます。
D始まりのマイナー・スケールで白鍵のみにしたい場合、D minorからBb (VIm)を抜くと可能になります。
そしてこのあと面白いのが、サビではBが出てきているんですね。本来D minorではBではなくBbとなるべきところが、ナチュラルBになっている。しかしサビのモチーフ後半ではBbも出てくる…、という調の中をフワフワと移ろう様が、白鍵のみというシンプルさの中で神秘的に響くようです。
そのためこの曲はD minorというよりはDドリアン・スケールであると捉えた方が収まりが良さそうです。なので、同様に『メニュー』もE minorよりはEドリアンに近いとなります。『命の灯火』はディミニッシュ・スケールやドリアン・スケールのお手本のような旋律のため、こちらも考察しがいがありそう。
※譜面は筆者が独自に採譜したもので、正確性の保証は致しかねます。楽曲の権利は著作権者に帰属します。
ド派手なアレンジはどこから食べても美味しい!
いかがだったでしょうか。ゲーム音楽は年々進化し続け、録音技術も向上し、さらにリッチに、さらに派手になっています。それでもやはり目指すところはゲームプレイヤーが楽しむための世界観づくり。どこから再生してもスマブラたりえるこの曲こそ、ベスト・オブ・メニュー曲なのではないでしょうか。
スマブラSPのメニュー曲が飽きにくいと、もしあなたも感じたなら、分身の術に掛かっているのかもしれませんね。