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無調、若き日の思い出について
若い頃、某巨匠作曲家の講義を受けた時の話である
現代音楽の世界でも巨匠だがテレビドラマや映画の音楽も多く手がけておられていて、テレビドラマなどのBGMを作る時の話になった
「ミステリアスなシーンや怖いシーンでは無調を使ったり、、」
と言うことをおっしゃられた
これは当時の僕には衝撃であった
まだまだ現代音楽は無調が主流で、なんだったら無調じゃなければ認められないような時代であったにも関わらず
「ミステリアスや怖いシーンは無調を使う」と断言したのである
それがどうした?
と思われるかもしれないが、BGMとしての音楽作りは観ている方の気持ちをそこに乗せるための音楽である
すなわち、ミステリアスや怖いシーンのための音楽ということは情緒不安定になるような音楽だということである
現代音楽は情緒不安定になると公言したようなものである
これにはいささか説明が必要かもしれないが
当時の現代音楽は、みんな無調音楽が情緒不安定で、なんだったらちょっと微妙だなぁなんて思っていても口にできない風潮があった時代である
「なんだかよくわからないけど、とりあえず無調で書かないと現代音楽の作曲としては認められないからあんまり好きじゃなくても無調で曲作っちゃうもんねー」なんて人がほとんどだった
それを巨匠が堂々と認めたようなものである
正直、その講義ではそれは明らかにスルーされ、講義後も誰もそれについては触れなかったが、明らかに「え?言っちゃっていいんすか?」
という空気が流れたことは間違いない
いや、いいのである
それでいいのだ
巨匠が率先して言ってこそ時代は変わるのである
その作曲家のことを僕はあまりイケ好かないけれど、これについては拍手を送りたい
あとは余談であその巨匠のレッスンを受けたことがある
僕の譜面を見た巨匠を目を閉じ少し間を置いてから
「君の音楽は僕をどこへも連れ行ってくれない。僕は音楽はどこかに連れて行ってくれるものだと思うんだ。しかし、君の音楽はどこへも連れ行ってくれないんだよ」
と言い放った
全くの主観である
「なんだ、このジジイ。モーロクしやがって」
と若い僕は思った
それ以来、この作曲家のことは大嫌いである
しかし、確かにあの時の僕の作品はつまらないものだった
ことは認める
巨匠が正しい
若き日の思い出である
ただ、音楽がどこかに連れて行ってくれるものかどうかは今でもわからない