ホントシオリ vol.05
2023.05.27 LOFTproject RooftopWEB 掲載
喫茶店がすき。なんだか知らない大人の世界へと、扉の向こうは続いているかのようで、いつも心がときめく。扉を押すと広がる世界。鼻をくすぐる珈琲と煙草の入り混じった大人の匂い。昔から変わらず時を刻み一生懸命に動き続ける時計や年季が入り角が丸みを帯び、艶が出てきた机や椅子も、座った人たちの歴史をも感じられて、すべてが愛おしく思える場所。オレンジ色の照明の下、にっこりと微笑むマスター。そんなマスターの想いや好きなものも全身で感じられる。
わたしの純喫茶での思い出の味は、週末に家族で行く軽井沢・ミカド珈琲店の“モカソフト”。小さい頃は「モカソフトが食べたい!」と言い出しては、母が運転する車に乗り、家族全員で軽井沢へドライブがてら本当によく行っていた。珈琲の風味も感じられる濃厚なソフトクリームにプルーンが付いていて、子どものわたしにとってはそのプルーンが大人の味がして祖父によくあげていた。大人になって母親と二人で食べに行ったとき、ようやくそのプルーンの大人の味が理解できるようになった。ほのかな酸味と甘みが口の中に広がり、珈琲の味わいをより豊かにしてくれる。脇役なはずのプルーンが、もしかしたら主役なのかもしれない、と思うほどプルーンの美味しさを感じられた。なんだか、人生と喫茶店のメニューは重なるのかもしれない。…なんて、思ったりもする。
今日もお気に入りの一冊を片手に、マスターが淹れてくれた珈琲を味わいながらページをめくる。喫茶店の心地良さに身を任せ、物語の世界へとそのまま進んでゆく。
今回は、六月に当店阿佐ヶ谷ロフトAにて開催をする「純喫茶マスター大集合」の事前の予習や復習として、一緒に企画をしている“純喫茶コレクション”でお馴染みの難波里奈さんの書籍を二冊ご紹介。
一度は訪れたい名店。
“会いに行く”以上の愛はないと思う。
難波里奈『純喫茶とあまいもの』成文堂新光社 ¥1,600+tax
喫茶店を紹介している関連書籍は最近の喫茶店ブーム(レトロブーム)でとても多く書店でも見かけるようになった。手に取りパラパラとめくるなかで、自然と本棚に並べていたら…ほとんどの著者が“難波里奈”さんだった。
「こんばんは。奥原さんはいらっしゃいますか?」
と、当店の扉を押し、ベレー帽をかぶったひとりの女性。にこっりと笑顔でお声をかけてくださったのが難波さんだった。
わたしの中で“難波さん”というヒトは本当に大きな“純喫茶コレクションの人”というほわんとした括りの中の人であり、実際に打ち合わせをするまでお会いしたことはなかった。
「よろしければ、お店の皆さんで召し上がってください♪」
と、紙袋をひとつ。その紙袋がとってもキュートで、中をあけるとわたしの大好きなレモンケーキ。“あ、このレモンケーキにはあの珈琲が合うな”と、頭の中で考えつつ、難波さんのお心遣いには心から感動したし、“難波さんのような女性になりたい”と同時に思った。
彼女の書籍はとにかく純喫茶への愛情に満ちあふれている。写真一枚一枚はもちろん、その写真が捉えている空間や食べもの、マスター達の笑った顔。まるで、自分がその場にいるような温かさを感じ、丁寧に綴る文章にも難波さんの人柄を感じる。
中でも『純喫茶とあまいもの』では難波さんとマスターとの信頼関係が文章からも読み取れる。そして、どのお店にも難波さんが本当に大好きな純喫茶なんだな、と丁寧な文章、言葉からマスターに対する尊敬と、お店への愛情が真っ直ぐに感じられる一冊。
純喫茶に興味のある方は参考文献にはもちろんなるんだけど、実際にお店に足を運んでからもそのお店のページを捲りながら読むとまたさらに深く、お店への愛着がわいてくる。
とくに本作品でわたしが一番のお気に入りは「名曲・珈琲 新宿らんぶる」さんの紹介。
事務所が新宿にあることもあり、打ち合わせの場所としてもよくわたし自身、らんぶるさんへは足を運んでいたんですが、いつも決まって純喫茶では“アイスウィンナー”しか頼まない。ただ、読んでいたら“らんぶる通”として、パフェとメニューには表記されていないミルクセーキの紹介があり、メニューのものしか頼んでいなかったわたしにとって大発見で!!! …早速、ミルクセーキを味わいにらんぶるさんへ。
一階が喫煙席になっており、地下は禁煙席のラウンジが広がる
お目当ての人生ではじめて飲むミルクセーキは、甘すぎるものが苦手なので、少し不安も抱いていたのですが…口の中に広がるふんわりと包み込むようなバニラの風味。だけど、喉越しは一切しつこくなくて、すっきりとしていて…本を読みながらもゆっくり味わうことのできる一杯。
また、今まで一度だけパフェを食べたこともあったのですが、作り手が違うとまるで見た目が違い、同じ量、同じ盛り付け順にも関わらず、とても個性豊かなパフェになることを本作品を通して知り、発見をできたことは今まで何度も通っていたことでも知らないことはもっとたくさんあるんだな、とココロがときめいた。
是非、行ったことのない方はもちろん、すでにご存知の方にもまた足を運んで頂き、空間だけではなくメニューもゆっくりと味わって頂きたいな、と。あなたが見つけるちょっとした新発見や心がときめくステキな出来事があるかもしれませんよ? いつでも純喫茶はその場所で“常連さん(あなた)”が来るのを待っている。
学生の頃、母に教えてもらった“芭蕉”という純喫茶が地元にあった。店主がひとりカウンターの中に座り、新聞を読む。店内には『私語厳禁』の張り紙。煙草を吸うお客さんには店主が「煙草はなにを吸ってるんだ?」と、低い声で聴き、その煙草に合う珈琲を提供してくれる粋なお店。“大人になって、煙草を吸い始めたらまた来よう! わたしに合う珈琲を淹れてもらおう!”と、ずっとずっと楽しみしていた。社会人になり、煙草も吸うようになった頃、ふと“あ、芭蕉に行ってみよう!”そう思い、お店に向かうと…お店はすでに閉店をしていた。看板もなくなり、お店として構えていた建物だけが残っていて“もう、わたしの珈琲は淹れてもらえないんだ。”と、とてもガッカリした。寂しい気持ちになった。いくらでも行ける時間はあったのに、いつでも行けたはずなのに足を運ばず、“ずっとある”と勝手に思い込んでいた自分を悔やんだ。
好きだと言葉で伝えるのは簡単だけど、足を運ぶこと、会いに行くこと、わたしはそれ以上の愛情はないと思う。“行きたい”と思ったら会いに行ってみてください。ずっと変わらず、いつまでもあるとは限らないからね。
シュワシュワと輝くキレイな緑色。
とっても贅沢で笑顔になっちゃう大好きな一杯。
『クリームソーダと純喫茶めぐり』株式会社グラフィック社 ¥1,680+tax
小さい頃、お祝いや家族全員が揃うときに実家の近くにある“きよすみ”という昔からある食堂によく行っていた。そこでのわたしの定番メニューは“揚げ焼きそば”で(それ以外食べたことがない)小さい頃はあんかけの中に隠れたパリッパリの太麺を頬張り、きくらげと竹の子、イカ、海老だけを器用に取り、それだけを食べる子供だった(にんじん、白菜は祖父母によくあげていた)。とにかく大盛りで大人になってから久しぶりに行ったとき完食できたときは感動し、涙が出そうなほど嬉しかった!(きよすみのおばちゃんも「大きくなったね!」と感動していた。)
そんな大好きな揚げ焼きそば以外で、特別な日にだけ飲めるのが“クリームソーダ”。
これは決まって祖父と二人だけの内緒のデートのときに限る。祖父が車で運転しながら、家族には内緒でこっそり一緒に食べるクリームソーダはもうわたしにとっての宝物で、とにかく美味しかった! 大好きな祖父と二人でアイスを沈めてぶくぶくと溢れるソーダにてんやわんやし、結局お洋服を汚して祖母に寄り道していたことがバレてしまいよく怒られた。
アイスクリームがソーダについているところだけシャリシャリしてて、“そこが美味しいよね!”と意気投合したり、最後のさくらんぼはどっちが食べる? とジャンケンをしたり、クリームソーダはわたしにとって祖父との二人だけの特別な思い出の味。
そんなわたしも大好きなクリームソーダだけを特集した書籍が『クリームソーダと純喫茶めぐり』。
純喫茶では最初にもお話をしていた通り、“アイスウィンナー”の一択なので、もちろんクリームソーダを頼んだことがない。実際はまだ、書籍に登場するどのお店のクリームソーダを飲めていないのだけど…表紙を飾る広島呉市にある赤煉瓦さんのクリームソーダがすごくステキで、思わずそのまま書籍を手にし、買ってからも何度もページをめくっては各純喫茶のクリームソーダにうっとりしている。
お店によってグラスも様々で、シュワシュワと気泡を放つソーダの色も淡かったり、濃かったり、はたまた緑色ではなくとってもカラフルな色があったり。アイスクリームも“ぽこん”と丸いカタチはもちろん、薔薇の花をモチーフにしていたり、生クリームも一緒についていたり…とにかく“クリームソーダ”という同じジャンルなのにまるで違う!
クリームソーダの写真と共に各純喫茶の内観や床、外観、グラスやインテリアの写真もありお店の雰囲気もわかりやすく、自分にぴったりのお店をみつけやすくもなっている。
喫茶店のクリームソーダの紹介だけではなく、駄菓子屋さんのソーダ水のお話やシロップのお話、難波さんのコラムとしての記事もあり、時間を忘れて夢中で読み、眺めてしまう。
これから陽が強く差し込む季節にはぴったりのクリームソーダ。あなたのお気に入りの一杯をみつけに純喫茶を巡ってみるのはいかがでしょうか?
今回、開催をするイベントにはご紹介をした新宿・らんぶるさんや兄弟で営んでいる“元祖のりトースト”で有名な神田・エースさん、“クロックムッシュ”を初めて作ったお店とされる目黒・ドゥーさん、“ジャンボプリン”で常連さんの心をぎゅっと長く掴んで多くのファンがいる虎ノ門・ヘッケルンさん、今はもう味わえない“白鳥のシュークリーム”を作っていた駒込・アルプスさんの五人のマスター。そして、難波さん。わたし自身も純喫茶は大好きなので、少しでもご来場頂くお客様が楽しめるように各純喫茶の“あの名物メニュー”をアレンジした阿佐ヶ谷ロフトAオリジナル純喫茶メニューをご提供予定ですので、ご来場頂けるお客様は楽しみにして頂けたら嬉しいです◎(クオリティはそこそこですのでご了承くださいね?)皆さまのご来場を心よりお待ちしております。
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