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誰かのためという「快楽」について。【短編小説】

仕事帰り。
打ち合わせ終わり。
駅のホームでスチールカメラマンと電車を待っていると、反対ホームでこちらを見ている若い女性がいる。
凄い見ている。
刺すような視線で睨んでいる。

「……」
「……娘です」
と、スチールカメラマンが小さな声で言った。
「怒ってませんか?」
「ええ」

反対ホームに電車が入ってくる。
乗客の出入りがあり、電車が発車。
ホームには、まだスチールカメラマンの娘が立ったまま。
こちらを睨んでいる。

「行ったほうが良さそうですね」
「いやあ」
「凄い、眼力ですよ」
「怖いですよね」
「ええ」
「一緒に来てくれませんか?」

僕は付き合いでスチールカメラマンと一緒に向かいのホームへ向かった。

娘さんは睨んだまま、
「……」
スチールカメラマンも、
「……」
何も言わない。

「ファミレスでも行きます?」
と、僕が言い、三人で駅を出た。

ずっと気まずい。
ファミレスに入り、スチールカメラマンと娘さんが向かい合う。僕はスチールカメラマンの横に座る。
「……」
娘さんはずっと睨んでいる。

「父さんの小遣いは15000円なんだ」
「……」
「そこから昼飯代やちょっとした買い物や、休日の遠出の交通費やら出してる。映画なんか見たりしたら、何かを我慢しなきゃいけない」
「カメラマンなんかやってるからでしょ」
「そうは言うが、不安定ながらに家族を養えているだろ」
「約束破った」
「あれは約束じゃない。努力はすると言ったんだ。努力はしたさ」

僕は横に座って話を聞きながら、内容を把握しようと試みる。
「漫画は別に学校通わなくても描けるだろ」
「そういう話じゃない。わたしは、約束ありきで計画を立ててたの。友達にも進学のこと話しちゃったし、今更なくなったって言ったら嘘つきになる」
「友達には父さんが悪かったって話をいくらでもしていい」
「……」

娘さんが沈黙。またスチールカメラマンを睨んだ。
「原因は母さんにあるのも知ってる。父さんの給料は不安定で大変なのに、母さんの浪費がオカシイもん。今回だって、わたしの専門学校の学費より高そうなバッグ買ってた」
「母さんにも言い分はあるだろ」

僕はタッチパネルで、ピザと、唐揚げと、フライドポテトにドリンクバーを3つ頼んだ。

無言で二人が僕を見つめたので、
「奢ります」
と、言った。

二人が丁寧に僕へお辞儀をした。

話を聞いてると、スチールカメラマンの収入が少ないので娘は約束だった漫画の専門学校に入りたかったがいけなくなった。だけど、そんなに家計が大変なはずなのに、母親は色々と買いたいものを手に入れてる。なのにスチールカメラマンは負い目があるのか何も言わない。

「苦労させてきたから」
と、スチールカメラマンが言った。
娘さんがまた無言で睨み始めた。

ドリンクバーからハーブティーを3つ持ってきた。ビザと唐揚げとポテトも配膳ロボットが運んできた。
3人で食べ始める。

「どう思います?」
と、スチールカメラマンが僕に訊いた。
「どう? とは?」
答えようがない。
「娘は漫画家になれますかね?」
そっち? と、思いつつ、
「あ、この人はネット記事とか書きつつ、映像作ったりしてるフリーのプロなんだ」
と娘さんに僕のことを簡単に説目する。

「いやいや、僕は大層ないいもんじゃないんですけど、まあ、漫画家っていうのは、そのどんな?」
「手塚治虫、高橋留美子、あだち充、やまだないと、浦沢直樹、尾田栄一郎、鳥山明、岡崎京子、な先生達を「推しの子」と「左利きのエレン」と「劇場版ドラえもん」みたいな作品を宮崎駿で割ったようなものを描ける漫画家になりたい」
「ふむ」
具体的なような、なにも語っていないような。
「凄い作品を描きたいと、それを描ける漫画家になりたい」
と、僕が尋ねると娘さんが頷いた。
「描きたいなら描けばいい。そこに向けて描いていたらなれる可能性はあると思います」
「……」

変な沈黙が流れている。
もちろん、そりゃ誰でも可能性はあるだろ。と、思いつつ、黙っている、そんな沈黙。

「どんなカメラマンになりたいですか?」
と、僕はスチールカメラマンに話をふった。
「いやあ、なりたいっていうか、やってるだけで精一杯で。カメラマンって言っても、今はスマホにカメラがついてる世の中ですから、もう、そんなね写真についてのイメージが」
「なんでカメラマンになったんですか?」
「そりゃ、昔はカッコイイ感じありましたからね。専門的で、作家性も問われて、影響力もあったし、写真集や、1枚の写真で世の中の価値観ひっくり返しちゃうような感じがあったんですよ」
なるほど。
親子な感じ。
娘さんがボソッと何か言った。
「でも、母さんは……」
「ん?」
「そういう夢を持ってないから、父さんの収入が少ないだとか、わたしに漫画家なんかなれるわけないとか言う」
「いや、母さんには苦労かけたから……」
「そこ、ちょっと疑ってるんだよね」
「どういうこと?」
「父さんが稼げないカメラマンやってるのもムカつくけど、実はその父さんの引け目を利用して、自分はいいように好き勝手お金つかってるんじゃないかって」
「いやぁ」

沈黙。
なるほど。
散らかってる。別に専門学校いけば必ず漫画家になれるわけでもないし、時代が変化してようがカメラマンを辞めて他の仕事を探すわけでもない。母親は自分のために金を使うし、娘さんが自分のこと低く見られてる気分とか、なんだか色々と絡まって腹がたつ。みたいなことかな。

「どう思います?」
スチールカメラマンが再び僕に訊いた。
「どう、とは?」
答えようがない。
「カメラマンやめたほうがいいですか?」
そこ? と、思いつつ、
「確か趣味で小説とか書いてますよね、プロとか目指さないんですか?」
と、スチールカメラマンが僕に質問を重ねる。

「いやまあ、楽しくやってますが。でも、その物語的に言ったら、自分勝手な人物っていうのは、悪役になりやすいんです。逆に何かを守るためとか、誰かを救うためとかの行動をとる人物は主人公になりやすい」
「はあ」
「つまり、自分以外のためっていう行動はある意味「娯楽的な快感」を生み出しているのではないかって仮説が立てられるんです」
「ええ」
「だから、自分勝手が悪、誰かのためが善と振り分けた場合、わざわざ自分勝手な行動をする人物を見つけ出して、それを叩くという「快楽」が生まれたりもする。コロナ渦でマスクしてないからみんなのためにネットに晒しましたとか、女の子を泣かせた男はこいつですと、炎上目的で正義を名乗ったり、そういう中毒的な側面があるほど、求めたくなる娯楽性が「何かのため」にはあるのではないかと」
「はい」
「逆に言えば、自分勝手な行動をすると、集団の和を乱す奴と判断されて、善と主張する者たちから叩かれたり、省かれたり、結構生きること自体が苦しくなる。でもそれも専門的で自分の興味に対し突き抜けてしまえば、「他の誘惑に惑わされずに自分を貫いた」、「集団から省かれながら頑張った」なんて感じで和解に導かれる場合もあります。このストーリーは思春期の物語に似ていて、集団でのルールの抑圧から解放されたいという自我が自由を求めてしがらみを振り切る、つまり自分勝手な行動をとらないではいられないという物語。それがどこかで和解に繋がると信じながら」
「わたしがカメラマンやるみたいな」
「わたしが漫画家目指すみたいな」

僕は一度黙り、そして続ける。
「でも、まあ、自分勝手、つまり自己欲求に忠実に生きることは、叩かれもするし、理解も得られなかったり、達成まで時間がかかったり、そもそも満たされるまでの枯渇が長い。目先の欲求は満たされても根底では達成されていないので解放されない。簡単に言えば苦しみに陥りやすい。そして他人に共感され辛いので孤独にもなる。自分勝手に生きることってのは、あまり報われないって考えるのは無難なことです。それが嘘つきでも、酒飲みでも、ギャンブル依存でも同じことが言える。結果、苦しい生き方であると」
「つまり、カメラマンも漫画家も報われない?」
「いや、それは行為自体に喜びが得られるのであればすでに報われているとも言えます。ただ、比較対象を持ち、あの人みたいにならないと成功じゃないとか、食えなければ落ちこぼれとか、分かっちゃいるけど止められないとか、寂しくて辛いとか、飲まずにいられないとか、ひたすら枯渇にフォーカスしながらでないと生きられないのであれば、それなりの省かれる覚悟も必要かと」
話していて、僕も何を言いたいのかわからなくなってきた。

「つまり、みんな自分勝手って話ですかね」
と、娘さんがまとめた。
「わたしも、母さんも、父さんも」
ん?
「まあ、見方によっては」
「突き抜けなければ悪役。虐げられ、孤独」
と、娘さん。
「苦しい生き方」
と、スチールカメラマン。

「例えば、誰かのためというストーリーの中で漫画家を目指せば、わたしの中に快楽が生まれて、応援もされて、人気も出て報われる可能性があるって話ですかね?」
なるほど、そう捉えることもできるんだ。
僕が感心してると、
「わたしが家族のためカメラマンでより成功するために、本気を出すというのも」
「家族のためにカメラマンを辞めて他で働くっていう話だって成り立つ」
すかさず娘さんが突っ込みを入れる。
「父さんにカメラマンを止めてと気づいてもらうために、母さんがわざと浪費してるって話もできてしまう」
「DVする人の言い訳みたいだな。君のためにお仕置してるんだ、みたいな」

話は「誰かのため」という矛盾に突入した。

「だから、人のため、誰かのためっていうのはそれが「錯覚」だったとしても、ある種の快楽が生まれて、幸福の度合いは高い可能性はある。錯覚と自覚せず、酔っ払った状態ならなおさら」
「酔っ払った状態?」
「酔っ払いって楽しそうじゃないですか」
「まあ」
「自分の理想に酔って、かつ、それが何かのため、誰かのためと信じられたとき、幸せを感じられる可能性は高いんじゃないですかね」
「と、すると、やっぱりみんな自分勝手ですね」
と、娘さんが言った。

「なるほど」
「つまり、わたしはカメラマンを続けてもいいんですかね?」
「例えば家族のためにと、酔っぱらえるなら。もしくは自分勝手と叩かれる覚悟があるのなら。でもまあ取り返しがつかなくなりそうだったら、また考えてみたら」
我ながらいい加減だなと思った。
「わたしは漫画を描く。世の中に必要とされてる気がするから」
と、娘さんが目を光らせた。

「いいね」
と、スチールカメラマンが言った。
「いいですね」
と、僕も言った。

ファミレスは約束通り僕が奢って解散した。
スチールカメラマンと娘さんは、2人並んで帰っていった。

なんだか、まとまりのないこと話しちゃったなと、反省しながら、バスの中で浅香唯の「幸せの色」をリピート再生しながらイヤホンから流れる歌声に身を委ねた。



数ヶ月後、スチールカメラマンから、1枚の写真画像がLINEに届いた。
家族3人でキャンプに行ったらしく、その時の写真。
スチールカメラマンがニッコリ笑い、奥さんがまんざらでもない笑顔を浮かべ、娘さんが親指を突き出しキメ顔をしていた。
3人とも幸せそうでとてもいい写真だった。

「いいじゃん」
と、僕は呟いた。








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