短編小説『無への旅立ち』
耳鳴りのするほど音のない世界。
吸い込まれるような暗闇。
身体が軽くなって宙に浮かぶ。
そして、流されてゆく。
「何処に行ってしまうのだろうか」
考えているボクがいる。
記憶の一片が映像を浮かび上がらせる。
ホームに無造作に転がっているボクのスニーカー。
「片方は何処に行ったのだろうか」
探しているボクがいる。
もう終わった。
どうでもいいと開き直るもう一人のボクがいる。
耳鳴りのするほど音のない世界。
吸い込まれるような暗闇。
体が軽くなって宙に浮かぶ。
そして、流されてゆく。
「何処に行ってしまうのだろうか」
考えている自分がいる。
記憶の一片が、また一つ映像を浮かび上がらせる。
トングでつまんでゴミ袋に入れられた血まみれでボロボロになったボクのお気に入りだったTシャツ。
「カラダは何処に行ってしまったのだろうか」
探しているボクがいる。
もう終わった。
どうでもいいと開き直るもう一人のボクがいる。
「それを望んでいたんだろ?」
もう一人のボクが質問してくる。
答えようとするが言葉が浮かばない。
耳鳴りのする音のない世界。
吸い込まれるような暗闇。
ああ、何も考えられない。
何も感じない。
何も思わない。
何も、何も、何も。
何もない。
ただ、流されてゆくだけだ。
もう一人のボクの声も聞こえなくなった。
耳鳴りのするほど音のない世界。
吸い込まれるような暗闇。
何もない。
微かにボクの名前を呼ばれた気がした。
そんな気がしただけだ。
なぜならボクは自分の名前を忘れてしまった。
ボクはボクでなくなったのだ。
ボクは暗闇の中に溶け込んでしまった。
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