短編小説『フローレンス シェリー』
さびれた商店街。
シャッターを下ろして閉まったお店が多い中に、その花屋さんだけが色彩を持っていて輝いていました。
殺風景な部屋の中にぽつんと置かれた一輪挿しのように、「フローレンス シェリー」は商店街の中で存在感を示していました。
そのお花屋さんが、ついに閉店してしまったのです。
それも年の瀬が迫るこの時期です。
ワタシにとってそれが今年一番のショックになりました。
今、ワタシの目の前には「フローレンス シェリー」で買ったピンクのハートのアンスリュームがあります。
このハートの部分は花びらではなくて、葉っぱの一種なんですって。
花は、黄色の突起物のところなんですって。
花屋の奥さんに教えてもらいました。
白髪のショートヘヤーに白のシャツとデニムの黒のエプロンが似合っていたあの奥さんは何処に行ってしまったのだろう。
5月の初旬にお花屋さんに行ったとき、このピンクのアンスリュームを見つけました。
母の日が近いこともあって、彩り鮮やかなカーネーションが並んでいる中に、ひときわ瑞々しさを放っていたのが、この花です。
狭い間口に他のお客さんもいたので、もっと近くに行ってみようとした時に、背負っていたリュックに引っかかって、ラッピングされて積み上げられていたフラワーアレンジメントを倒してしまいました。
割れるものはなかったのですが、閑散とした商店街には崩れて落ちた時の音が、思いの外大きく響き渡りました。
「ごめんなさい」
ワタシが言い終わらない内に、奥さんが駆け付けてきて笑顔でもとの通りに直してくれました。
「これ可愛いでしょ」
私が、近くで見ようとしていたピンクのアンスリュームを手に取って見せてくれました。
近くで見ると、ピンクの色がすごく鮮やかで、花弁のハートも可愛らしくて、すごく素敵です。
その時に、そのピンクのハートマークをしたものが、花弁ではなくて葉っぱの一種だと教えてもらったのです。
「これください」
「ありがとう。きっと幸せになれるわよ」
その時の奥さんの笑顔が、アンスリュームみたいに輝いていて綺麗でした。
あの笑顔がもう見れなくなるなんて・・・
目の前にあるアンスリュームはあの時のまま。やさしく輝いている。ピンクのハートは、私の心の中まで、暖かく優しくしてくれる。
ずっと変わらないでいて欲しい。ずっとこのままでいて欲しい。このアンスリュームのように色あせないでいて欲しい。
ワタシのこころ。
お願いだから・・・