短編小説『夢を追いかけて』
「君のこと、彼女は覚えていたよ」
「オレのこと、話してくれたんですか」
「話したよ」
「そうか、何か言ってました?」
「何にも」
わざと、そっけなく答えた。
嫉妬であろうか、本当のことは言えなかった。
ヤマギシは、頬に涙の跡を残しながら、大きな目を見開いて宙を見つめた。
意外と繊細なんだな。
ふてぶてしいほどの外観に比べて、細くて折れてしまいそうな内面を垣間見せる。
彼の横顔見てそう思った。
高校生の香田美月は、ヤマギシに特別な感情を抱いていたに違いない。
「会いたかったなあ」
ヤマギシの言葉が過去形だったので少し安心した。
「会って、どうするの」
大人というものは 、なんでこういう風に、上から目線で話してしまうのか。
言ってしまって、反省する。
「謝りたかったんです。彼女、実力があったんですが、僕らのメンバーに遠慮して、バンドを辞めちゃったんです。だから、謝りたかったんです」
「香田さんは、音楽はもうしていないみたいだよ」
「もったいないなあ。シャシャショウ、香田さんに言っておいてくれませんか。オレが音楽を続けられたのは、香田さんのお陰だと。オレ、東京に出て絶対ビッグになってみせるからと、言っておいてくれませんか」
「分かった。話しとくよ」
澄んだヤマギシの目を見ていると、こちらも真剣にならなければと思う。
「嘘いつわりではないよ」と示す代わりに、隣のヤマギシの顔を見据えた。
ヤマギシの顔が、眩しいほどに輝きだした。
涙の跡が残る目が、宙を見上げた。
彼の視線の先には、熱狂的な聴衆に囲まれて、ステージ狭しと歌い駆け巡る、自分の姿が見えているのだろう。
全身でビートを刻み始めた。
改めて、若者はいいなと思った。
夢があるのはいいことだなと思った。
かつては、自分もそうだったはずなのに。
目先の小さな幸せを求めた為に、大きな夢を失ってしまった。
何だか無性に、香田美月に会いたくなった。